格差を広げる小学校英語教育?

フランス経済学者トマ・ピケティの『21世紀の経済学』(みすず書房)に注目が集まっている。ピケティ氏によれば、子どもは、親の経済力が与えるさまざまな環境から自身の力で抜け出すことは難しく、経済格差から生まれる負の連鎖は続いてしまうという。教育関係者であれば、重要な課題として考えておくべき指摘である。

2015年度の都内の中学校入試で選択科目に英語を課している学校がすでに30数校あるという。中学入試の内容が、小学校段階の教育内容に与える影響は大きい。ペーパーテストで測る入試が広がってしまえば、英語に関する知識や文字言語としての英語力の育成が重視され、最も大切な音声言語としての英語力が育たなくなってしまう。これまでの日本の英語教育が失敗してきたことと同じ過ちを犯しかねない。保護者は、ペーパーテストで点を取る指導が良い指導であると勘違いし、学習者はペーパーテストで良い点数を取れなければ達成感を得ることができなくなってしまう。この流れは、国が進めてきたこれまでの英語教育改革の動きと逆行してしまいかねない。受験問題を作る中学校側も社会への責任をしっかりと考えるべきである。ちなみに、中学生へのアンケート調査で「小学校で文字を習っていたかった」という声が多いというのは、中学校のテストがListeningやSpeakingを含まないペーパーテストでなされることが主な原因であることは簡単に推測できる。

「英語力向上の在り方に関する有識者会議」の報告では、今後は、小学校高学年で2〜3時間「教科」として実施し、これまで週1時間の「外国語活動」で実施してきた内容に「積極的に『読む』、『書く』態度を育成する教育」を含めることが提案されている。これまで、学習者への負担をかけないようにという配慮から「読み」「書き」の指導は控えられてきた。授業時数が増えるのであれば、今後は教育内容に含められるのは当然であると考えられがちであるが、入門期の外国語教育において音声言語を用いた指導が中心となることに変わりはない。また、有識者会議は小学校高学年で「コミュニケーション能力の基礎を養う」ことを目標としているが、週4時間の授業の中学校でさえ基礎が十分育っているとは言い切れないのが現状である。4時間の半分の2時間の授業時数を取ることができれば、中学校の半分程度までは達成できるとでも考えているのであろうか。週に4時間と週に2時間では全く条件が異なる。単純計算で中学校の半分までは達成できるというようなことではない。言語教育関係者であれば常識で分かるはずである。学習者の発達段階や授業時数、教員の指導力を考慮しないまま、文字指導までを含めた「英語学習」が実施されてしまえば、コミュニケーションの基礎が育つどころか、多くの児童が授業についていけず、英語を学ぶことへの興味を失ってしまい、英語を諦めてしまいかねないだろう。

塾や英会話教室に通っている児童しかついていけないような教育内容の実施は決して望ましいものではない。早い段階で教育格差を生み出すだけの結果になりかねないからである。小学校における英語教育の教科化が教育格差を生み出す大きな要因とならないように、十分なデータ収集と客観的な分析を実施し、外国語教育政策策定に向けた慎重な議論を期待したい。

(February 2015)

金森先生のPROFILE

金森強
文教大学 教育学部教授

専門は英語教育、音声学、早期英語教育。日本児童英語教育学会理事、小学校英語教育学会理事。小学校~高校のデモ授業と教員研修で全国を飛び回る。講演テーマは、小中・中高連携を意識した指導、統合的な活動の開発・評価、Can-Doリスト作成の在り方、歌・ゲームを利用した英語指導など。著書多数。

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