申込締切迫る! 本日24時まで
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英検TOP > THE EIKEN TIMES > Tea Lounge > Vol.41 亀山郁夫さん
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拒絶しても心に入ってきてしまう矛盾した存在亀山先生は1949年、栃木県に生まれた。小学生だった50年代後半から60年代前半は、日本が世界に向けて次第にオープンになっていく時期であったものの、一般庶民にとって外国というのはまだ遠い存在だった。「世界のことをもっと見たい、知りたいと思っても、当時は手段がありませんでした。英語はその望みを叶えてくれる唯一のものであり、私にとっては世界をのぞくための望遠鏡だったのです」。小学生の頃から兄の中学校の英語の教科書を読みあさり、片っ端から英単語の意味や綴(つづ)りを覚え、とにかく英語が大好きな少年だったという。「海外の小説を読むことも好きで、未知の世界に思いを馳(は)せ、想像の世界に遊ぶのが心地よくてね。子どもの頃からロマンチストだったんですよ(笑)」 海外文学好きは中学生になっても変わらず、ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』や『罪と罰』の訳本を読破し、高校生の頃には『ハムレット』の原典にまで挑戦したという。「高校生の頃はシェイクスピアが大好きで、演劇にも挑戦したほどです。演技力の欠如と栃木弁のなまりが原因でその道はあきらめましたが(笑)、大学では英文学をやりたいと考えていました」。当時はドストエフスキーの作品にも魅かれていたものの、ロシア文学として意識したことはなかったという。しかし、大学受験に失敗し、第二希望だったロシア文学専攻として、学生生活をスタートすることになる。 「大学に入ってしばらくは、ロシア文学よりもフランス文学に傾倒していましたね。ロシア文学というかロシア的な文化や風習への嫌悪感があり、ロシア語の響きも好きではなかったのですが、いくら拒絶しても心に入ってきてしまう、ロシア文学とは私にとってはそんな矛盾した存在でした」 大学では文学のおもしろさにさらに目覚めたものの、入学後半年で、学生紛争のために授業が行われなくなってしまう。「大学ではオーケストラに入ってチェロを弾き始めたのですが、授業がない期間は、ロシア語とチェロを独学で学ぶ日々でした。大学3年の夏、文法書を片手にドストエフスキーの『罪と罰』の原典を読んでいたのですが、文法書に書いていないことは勘で読み進めるしかありません。発音を教えてくれたり間違いを指摘してくれたりする先生もいませんから、当然、私のロシア語は穴だらけになります。これはロシア文学を翻訳している今でも、コンプレックスなんです。独学というのは危険なものだと、自分自身の経験から身をもって感じています」 日本を代表するロシア文学者の意外な発言は、さらに続く。「実は、大学卒業後は一時期、ドストエフスキーを封印していました。卒論を書いた頃に気づいたのですが、どうやら私は彼の作品に入り込んでしまい過ぎるようなのです。文学研究者というのは、作品を様々な視点で読み解き、客観的に検証する必要がありますが、私の場合は作品の読み手ではなく、まるで作品中の人物のように内在的状況にどっぷりと浸ってしまうのです。その傾向がドストエフスキー作品ではとくに強くてね。あの世界にはまってしまうと、どんどんと思考が自分の内面へと向かい、他人とのコミュニケーションや現実社会とのつながりがうまく保てなくなってしまう。それくらいドフトエフスキーの作品というのは、強烈なインパクトを持ったものなのです。彼の作品が現代人に受けているというのは、現実世界で生きていくのが辛く苦しく、錯覚や空想の世界に生きることへの逃避願望とうまくマッチするからではないでしょうか」 コンプレックスから自分の能力を見いだす
その後、アバンギャルド(前衛芸術)の詩人の研究を中心にしていた時期もあったが、何かに引き寄せられるようにしてドストエフスキーを始めとしたロシア文学研究に集中することになる。30代、40代はロシア文学者として世界中を飛び回り、翻訳本も多く出版してきた。そして50代半ばを迎えた2006年、光文社古典新訳文庫から『カラマーゾフの兄弟』の翻訳本を出版した。全5巻からなる本作品の売り上げは外国古典文学としては異例の100万部を超え、大きな反響を呼んだ。 「自分にはロシア語の音の語感がない、翻訳に必要な記憶力もない…というコンプレックスを抱えながらの、肉体的にも精神的にもまさに‘死に物狂い’の大仕事でしたが、翻訳をするのは何とも幸せな時間でしたね」。光文社古典新訳文庫は、『いま、息をしている言葉で』をコンセプトとしているため、編集者からの要望に応えるのにも苦労をしたという。「表現が硬い、古い…と言われて、さらには日本語がおかしいという指摘もあってね。『文学者なのに』と意外に思われるかもしれませんが、私は高校時代から国語が苦手で、自分の日本語に自信がないんですよ(笑)」 自身を「コンプレックスのかたまり」だという亀山先生だが、自分を見つめ直し、気づいたことがあるという。「私は自分に欠けていることに目がいきがちですが、脳の構造がこうなっているのだから仕方ないんですよね。物事を客観的にとらえたり、論理的に考えたりすることは苦手ですが、何かに成り代わる能力、相手の立場に入り込む能力には長けているのだと思っています。昔から、自分と他者の関係性や内と外との境界線があいまいなんですよね。異質なものや多様性を受け入れる素質があると言えばいいでしょうか。直感的に、何の違和感も持たずに、すっと受け入れられるし、入り込めるのです。こういった能力は、例えば音楽を聴くとか芸術に触れるといった、非論理的、非言語的な体験によって生まれるものだと解釈しています」 自らのこのような能力はまた、翻訳をする際にも生きてくると言う。「小説の描き方には描写型と内在型があり、前者はある状況や心理を第三者として描写し、後者は作品中に入り込んで物語ります。私は『カラマーゾフの兄弟』を翻訳する際に、後者のスタイルを採りました。原文は必ずしもそのように書かれてはいない場合があるので、最初はアレンジを加えることに抵抗がありましたが、こうやって訳すことで読者にもドラマに入り込んでもらえると考えたのです」。『カラマーゾフの兄弟』に登場する人物はみな癖があり、ときには一般人の理解の域を超えた言動で読者を振り回す。しかし、「ハチャメチャで論理的には破綻しているのだけど、感覚的になんとなく気持ちがわかる…」と読者が感じ、物語に引き込まれていくのは、亀山先生の訳だからこそではないだろうか。 学長になり、六十の手習いで始めた英会話
後世に残る作品であり自己の集大成だという光文社古典新訳文庫『カラマーゾフの兄弟』シリーズの翻訳を終えた亀山先生は、2007年9月に東京外国語大学の学長に就任した。「学長になって気づかされたのが、自分はグローバル化の流れから取り残されていたという事実です。これまでは、ロシア文学研究者の集まる国際会議などに出席しても、共通言語はロシア語だったため、英語でコミュニケーションを取る必要性を感じることはありませんでした。しかし、いつしか世界はグローバル時代を迎え、国際人として英語でディスカッションをするのが当然ともいえるような状況になっていたのです。そこで、まさに六十の手習いですが、英会話の学習を始めたのです。もともと英語は大好きで、若い頃に覚えた文法や単語の知識には自信がありました。ただ、それを使って自分の伝えたいことを表現するというのは、本当に難しいことなんですよね」。大手の英会話スクールに通ったり、ネイティブの先生に個別指導を受けたり、アメリカで学会があるときには現地で夜間の英語コースに通ったりもしたという。 「聞き取りや自己表現はできるようになっても、ディスカッションとなるとまた難しい。でも、知識として知っているだけだった単語が使えるようになったり、相手と意思疎通ができるようになったりと、最近は英語で話すことへの喜びが生まれてきたんです」と先生は目を輝かせて語る。英語が話せないというコンプレックスを抱えながらの挑戦だが、この年齢だからこその味わいがあるという。「これまで私は、英語は自分には必要ないものだと決めつけて、自分自身をグローバルな世界から弾(はじ)き出していました。でも今では、世界とコミュニケートする楽しさを知り、学ぶことに喜びを感じています。これは若い人の英語教育においても言えることだと思います。いま学んでいる英語が、将来どのように生きてくるのかが見えなければ、自分には不要なものだと感じてしまい、勉強する喜びも意欲も生まれないでしょう。わかる、伝わる、つながる喜びを生徒が感じられるようなチャンスを与えるのが教育だと思うのです」 非言語的なものが言語的感性を磨く
学長に就任してから世界のグローバル化を目の当たりにしたという亀山先生だからこそ、大学におけるグローバル人材育成への思いは人一倍強い。そして、数年をかけて温めてきた構想が、来年度いよいよ実現する。 東京外国語大学では、外国語学部のみだった学部を再編し、2012年度から国際社会学部と言語文化学部の2学部制になる。そして、「世界教養プログラム」という学部間共通プログラムをスタートさせる。このプログラムの最大の特長は、「世界教養科目」と呼ばれる科目群だ。「グローバル人材育成のための英語力強化プログラム(Global LinkageInteractive Program [GLIP] )」と銘打たれているように、語学としての英語科目と英語で受講する教養科目から構成されており、世界で通じる英語力を4年間で身につけることを目指している。「これからは、世界のどの地域や言語のことを研究するにしても、また、将来どのような職業に就くとしても、英語は必須になります。言語研究と地域研究という従来の軸を維持しつつ、その根幹にある英語を強化することで、グローバル時代に対応した人材を輩出する大学たることを目指しています」 また、2012年度からは、中央アジアやオセアニア、アフリカなどにも研究対象エリアを拡大し、新たに「ベンガル語」専攻が設けられる。ベンガル語はインドやスリランカなどの南アジアを中心に広く使われており、「今後の日本企業の海外進出を考えると、ベンガル語を学んでおいて損はない」という、亀山先生お墨付きの言語だ。「ベンガル語専攻を新設したのも、今後の世界情勢を考えてのことです。世界は急速に変化しています。繰り返しになりますが、自分にはこれは必要ないと自ら扉を閉ざしてしまうのではなく、柔軟に構え、いろんなことにチャレンジしてほしいと思います」 最後に、亀山先生はこう語ってくれた。「人間の体験や心情、内面的なものを深く詳細に表現できるのは、やはり言語によってです。そして、映画や演劇など様々な芸術表現がありますが、文学というのは何よりもダイレクト、かつ強いインパクトを私たちに与えてくれるものです。一方で、音楽というのは非言語的なものですが、これは文学や言語をさらに豊かにしてくれるものではないかと私は考えています。『カラマーゾフの兄弟』のラストシーンを訳しているとき、なぜか体中をベートーベンの『交響曲第9番』が流れ、私は何とも言えない高揚感に包まれたのです。音楽のような非言語的なものというのは、言葉に広がりを持たせてくれます。言語と非言語が共に積み重なり、何か素晴らしいものを生み出すのです。言語的感性を磨きたければ、非言語的なものにも触れること。これは、英語を学ぶうえでも大切なことなのではないか、そんなふうに私は考えています」 |
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