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私の児童英語

特集コラム

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「生涯教育のスターティングポイントとしての児童英語」

東北大学教授
村木 英治
むらき えいじ 新潟県生まれ。
ETS(アメリカを代表するテスト機関)で11年間研究員を務め、現在は東北大学教育情報学研究部・教育部教授。専門は教育統計学、英語の授業も持つ。 推薦書:大西泰斗氏の一連の感覚を重視した英語教育についての著作。

 私の娘はアメリカで生まれ成人になるまで過ごした。母国語は英語で、家庭では日本語を話した。現在ドイツで仕事をしている。彼女の恋人はフランス人で、2人は仏語で会話を交わしていた。というわけで、母国語、家族語、日常語、そして恋愛語と、話す状況で4つの言語を使い分けている。しかしヨーロッパではバイリンガルは当たり前で、3つや4つの言語を話す人間はさほど珍しいことではないらしい。幼いときに母国語以外の言語を教えることは母国語の発達を阻害するといわれる。しかし人間は言語的にマルチリンガルになりえるキャパシティーを持って生まれてきているのかもしれない。

 人は生来的にマルチリンガルだといっても、使える多言語のすべてが母国語のレベルに達するというのはなかなか大変なことだ。たったひとつまともに読める英語ですら、その勉強は私にとって一生続くものだと思っている。しかし考えてみれば、母国語である日本語ですら、そのための勉学は生涯もののような気がする。

 日本語には雨に関する語彙が豊富である。「春雨」「五月雨」「夕立」「時雨」など、その言葉を聴くだけでわれわれにはそれぞれに違った雨音とその情景が浮かんでくる。一方、エスキモーは雪についての語彙が100以上あるとよくいわれる。その真偽は別として、日本人にとって、白一色にしか見えない雪原について、彼らの言葉にそれだけの違いを表す語彙があるのが事実であっても驚かない。驚くべきことは、雨も雪についても、それらのかすかな違いをまったく異なった状況を持った世界としてみることができる人間の知覚の豊かさであり、それに結びついている言語というものの強力な力である。日常語として使いこなせる英語をわが子に身につけてほしいという願いから英語の児童教育がスタートした。しかし言葉とはコミュニケーションの道具であるとともに、世界を切り取る手段でもある。語彙が豊富であるということは、それを使っている人の生きている世界がそれだけ豊穣であるということなのである。だからこそ、そういった全人教育の第一歩としての児童期の英語教育を受け持つ専門家は、その児童の生涯に重大な責任を持つ。

 児童英語の専門家に望むことは発音の重視であり、日本語を介さない英語の理解力の育成である。発音については幼いほど早く身につくといわれる。いま大学で専門科目(教育統計)のほかに英語を教えている教員として、英文と日本文が1対1対応しているという思い込みの弊害を多く見ている経験からの助言でもある。児童英語の教育を通して、バイリンガルが見ている世界を子どもたちに楽しませてほしいと願っている。