インタビュー 積極的に話しかける姿勢が高めるコミュニケーション力

2013年04月26日

 ロンドン五輪出場,オランダのVVV フェンロへの移籍─2012 年は大津祐樹選手にとっての大きな転機となった1年だった。小学3年生から始まったサッカー人生。海外で活躍するプロ選手となった今,大津選手は英語力やコミュニケーション力の大切さを痛感しながらピッチに立っている。

Special Interview大津 祐樹
(プロサッカー選手/VVVフェンロ/ロンドン五輪サッカー日本代表)

大きな転機が訪れた1年

 「五輪に出場できたことは,大きな経験でしたね」と語り始めた大津選手。彼こそが,2012 年7 月26 日,ロンドン五輪のサッカー男子一次リーグ戦で,優勝候補の強豪スペインを打ち破る快挙を成し遂げた立役者なのだ。


 初めての五輪出場。「日本のためにも,選ばれなかった選手のためにも,全力でプレーしたい。メンバー入りできたことは,自分に関わってくれたすべての人のおかげ」と試合に臨んだ。決勝トーナメントでも,その勢いは止まらなかった。準々決勝のエジプト戦,準決勝のメキシコ戦とゴールを決めた。3 位決定戦の韓国戦で敗退しメダルは逃すも,大津選手のめざましい活躍ぶりは,FIFA(国際サッカー連盟)が「ロンドン五輪で活躍した選手」と紹介するほど評価が高かった。


 「短くも濃い時間でした。勝ち進む度にチームは活気づき,僕は選手を盛り上げていくムードメーカー的な役割を担っていたと思います」


 甘いルックスでオシャレ好きなことから“チャラ男”と称されるが,一つひとつの言葉を選びながら丁寧に話す姿勢は,“チャラ男”のイメージとはかけ離れている。好きな言葉は「努力」だと言い,弱点を補強すべく人一倍練習するなど,サッカーへのひたむきな姿勢が現在の大津選手を作り上げてきたのだろう。


 ロンドン五輪から間もない2012 年8月末,大津選手の人生に転機が訪れた。前年7月に移籍したドイツのボルシアMGから,オランダのVVVフェンロへの移籍が決まったのだ。オランダの南東部のフェンロ市を本拠地とするVVVフェンロは,本田圭佑選手や吉田麻也選手がかつて所属し,2011 年からはカレン・ロバート選手も所属する,日本との関わりが深いクラブだ。ロンドン五輪を経て新たな活躍の場を求めた矢先に決まった今回の移籍は,期待に満ちた人生の選択となった。


自分から話さない限り話す力は身につかない

 オランダでの生活が始まった。子どもからお年寄りまでが,サッカーをこよなく愛するフェンロの街。洋服を買うことが好きな大津選手は,試合のないオフの日にはショッピングを楽しんでいる。街を歩けば,人々が大津選手の存在に気づき,気さくに話しかけてくる。


 「オランダ語で話しかけられるのですが,僕はまだオランダ語が話せないので,英語で返しています」
ドイツで暮らしていたときは,ドイツ語を覚えて使っていた。だが,現在は選手たちとの会話や日常生活では英語を使う。


 「英語は特訓中です。中学と高校のときにしっかり勉強しておけばよかったと,いまさらながら痛感しています。当時は,将来自分が海外でプレーし,英語を使って生活するなんて,考えてもいませんでした」


 そんな大津選手のために,クラブはマンツーマンの英語レッスンを用意してくれた。レッスンではテキストを使い,日本語は介さずに英会話を学ぶ。監督やチームメイトも,ゆっくりとわかりやすい言葉で話しかけてくれる。


 試合中は常に自分の意思を伝え,相手の言うことも理解しようと努力する。サッカーという共通言語があるので,言葉の不自由さはさほど障壁にはならない。しかしひとたびピッチを離れれば,外国人である大津選手は,ほかの選手たちにとって注目の的だ。日本のことを聞かれては英語で説明し,日本語の色々な表現を教えながら,交流を深めている。


 コミュニケーションの大切さに加え,大津選手は自らの意思で決断を下し,行動を起こすことの重要さを海外クラブへの移籍によって学んだ。


 「プロとしてやっていくには,決断力と行動力が重要だと思います。僕も,プロ選手になってからは,今,自分が選ぶべき道はどの道なのかを見極め,自ら決めて進んできました。今回の移籍も大きな決断でした。子どもの頃は,親や先生,コーチなどのサポートがありますが,プロ選手となった現在は,自分で行動を起こして周りの理解を得る努力をすることが必要です」


悪い状況にあるときこそポジティブに

 2歳上の兄が始めたサッカーがおもしろそうで,見よう見まねでボールを蹴っていた幼稚園児の自分。その遠い記憶が,サッカーとの最初の出会いだ。小学3年生でサッカークラブに入るや夢中になり,自宅前や近くの公園で友達とサッカーをして遊ぶ毎日だった。週末はクラブでの練習に励んだ。中学生になり,鹿島アントラーズノルテジュニアユースに入団してからは,毎日40 分かけて練習に通った。


 「母が送り迎えをしてくれました。プロになれたのも母の献身的な協力のおかげだと感謝しています」


 生まれ育った地を離れ,東京で寮生活を送ることになった高校時代は,サッカーをするために集まった仲間と切磋琢磨する日々。身の回りのことはすべて自分でやらなければならず,自立心が芽生えた。

 高校卒業後は柏レイソルに入団。1 年目こそ出場機会に恵まれなかったが,2 年目には39 試合に出場。期間通算8 得点を上げ,存在感を示した。だが,プロ生活は順風満帆ではない。ときにはケガをして,大好きなサッカーができない日も訪れる。


 そんなときに心がけるのは,「今は休むことが必要だと思い,ケガを治すことに専念する」こと。そしてケガが治ったら「これまで以上に活躍できるよう全力を尽くす」ことだ。


 「悪い状況にあるときに,いかに良い方向へ持っていくか。挫折感を味わい,サッカーから離れたいと思っても,常にポジティブに考える。それが大切だと思います」と話す言葉には,プロ意識の高さがうかがえる。


身近な目標を達成することが夢の実現に結びつく

 現在の大津選手の目標は,一試合一試合を大切にすることだ。「さらに,英語を完全にしたい」と意気込む。


 英語でコミュニケーションができないと,サッカーにも影響が出ますから。昨年以上にしっかり勉強して,自在に英語を話せるようになりたいです。もっと自分から積極的にコミュニケーションを取れるようにします」


 好きなことを追い求めるうちに,行き着いた現在の生活。遠い未来に向かって,身近な目標を一つひとつ達成していく。


 「今,目の前にある目標は,所属チームで活躍することです。一つひとつの試合を大切に戦うことで,自分が描く夢へと近づいていけると信じています」


 これから夢に向かって歩み出す中高生たちに向けて,大津選手は「とにかく英語は大事」と強調した。


 「英語が苦手であまり勉強してこなかったからこそ言えるんです。大人になって,勉強しておけばよかったと思わないように,今がんばってほしいですね。やればやっただけ,いいことがある。そう信じて勉強してほしい。いつかやるのではなく,今やる。その姿勢が将来に生きてきますよ」


 きらきらと輝く瞳の奥に,芯の強さが見える。大津選手はどんな夢を描いているのか。ボールを追いかけるがごとく夢を追いかけて生きる大津選手の今後に期待が高まる。


大津 祐樹(おおつ ゆうき)

1990年3月24日生まれ。茨城県水戸市出身。プロサッカー選手。ポジションは,MF,FW。成立学園高校卒業後プロとして活躍。U-23日本代表として,2012年ロンドンオリンピックに出場。同年8月に,オランダ・エールディビジ,VVVフェンロに移籍した。2013年2月にはA代表デビューを果たし,3月のW杯最終予選ヨルダン戦にも招集された。身長180cm。血液型A型。


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