インタビュー いろんなことにチャレンジするために英語は必要。

2015年01月16日

「2年後のリオのオリンピックでは、金メダルを狙いにいきます」気負いもなく発せられた言葉にエネルギーがあふれていた。2012年ロンドンオリンピックでウエイトリフティングの銀メダリストになった三宅宏実さんだ。なぜウエイトリフティングに興味を持ち、なぜ日本を代表する選手にまで成長することができたのか。普段の生活や中学・高校時代の話を通してトップアスリートの横顔を紹介する。

中学3年生のときのオリンピック観戦が人生を変えた

 三宅さんがウエイトリフティング選手になろうと思ったのは中学3年生のとき。自宅のテレビでシドニーオリンピックを見たことがきっかけだ。当時自衛官だった父・三宅義行さんがウエイトリフティングの指導を行っていた選手たちを応援するためにテレビ観戦をしていたときのこと。開会式の華やかさにも感動したが、身近な選手が世界の大舞台で今までの努力をぶつける姿を見て、電流が走るような感動を受けた。「かっこいい!私もやってみたい!」そう思ったという。

 

 父親や二人の兄、叔父もウエイトリフティングの選手として活躍していたが、それまでは三宅さんには全く関係のない世界だった。やりなさいと言われたこともなかったし、「むしろやりたくない男性競技でしたね」と笑う。

 

 小さいころは三人兄弟の末娘として、おままごとや人形遊び、セーラームーンなどに夢中になる女の子だった。ただ、じっとしていられない活発な子ども時代だったと振り返る。負けず嫌いな性格で、学校での運動会や体育祭のリレーなど、何か勝負ごとがあると、絶対に勝たないと気が済まなかった。

 

 お母さんがピアノの先生だったこともあり、小さいころからピアノも習っていた。「音楽大学を目指してほしいと願っていたようです。でも、どうしても好きになれなかったんですよね」と三宅さん。中学では軟式テニス部で活動していたが、それも熱中することはなかった。

 

 そんな燃えきらない時期に見たシドニーオリンピックで、ウエイトリフティングという人生を変える起爆剤に出会ったのだった。

いったん始めたら逃げ出さないことを心に決めた

 ウエイトリフティングをやりたいことを父に伝えた。そのときに言われたことは、「一度やり始めたら、逃げ出すことは許さない」。小さいころからの負けず嫌いな性格がここにつながってくる。腹をくくって、オリンピックのあの舞台に立つために、父とのマンツーマンの練習がスタートした。自宅の台所を練習場に、基礎からの指導が行われる。当時全く基礎体力がなかった三宅さん。マット運動や懸垂など、みっちり指導された。初めはできなかったことができるようになると、達成感が生まれた。一つの小さな目標が達成されると、次の目標へまた突き進む力が湧いてきた。全てのバランスが整ったとき、挙がらなかった重さが頭上高くに挙がる。その一瞬にかけるウエイトリフティングという競技に、どんどんはまっていった。 そして、練習初日の最初の挑戦では、いきなり42.5kgを挙げるという成果を見せた。父親の同時期の記録を上回るものだ。

 

 今まで父を指導者として見たことはなかったが、実際に基礎からの指導を受けるうちに、メンタル面の持ち方、競技者としての考え方などを教わり、オリンピックメダリストとしての父を尊敬するようになった。

 

 三宅さんが父とともに影響を受けた恩師は、中学3年生のときの担任の先生だという。何事にも10 0%の力で臨む熱意のある先生で、あいさつ、思いやり、気遣い、礼儀を教えてくれた。中学3年生でウエイトリフティングの道に進むことを決心したときにも応援してくれた先生だ。

 

 その後進学した埼玉栄高校は、全国からスポーツのトップ選手が集まる高校で、クラスメートの考え方や学校の環境などまで、一つのものに対する集中力、努力することの大切さを養える場所だった。

 

 放課後の部活の後も、父が指導する練習場へ行き、大人たちに混じって練習を積んだ。

1日は24時間しかないから、時間を無駄にしたくない

 大人の選手たちと共に毎日練習する中で、早くトップに近づきたいという気持ちが強くなっていった。一日24時間しかないのだから、学校へ行って勉強する以外は、土日も返上で練習した。「できないことをできるようにするには、人の2倍努力しなさいと言われていたし、ウエイトリフティングの練習が好きでした」と話す。

 

 高校時代は県大会やインターハイ、全国大会なども含めると、年に4~5試合に臨む。一つの試合に合わせてゴールを決め、毎日の練習を重ねていくのだが、そんな不屈の根性を持つ三宅さんでも落ち込むことはある。

 

 「どう練習を重ねても、目標の重さを挙げられないときもあります」。そんなとき、指導者である父からの言葉が次なるステップへと進ませてくれた。「今できることを精いっぱいやろうよ!できないことばかりじゃない」。父のこの“あきらめさせない”スタイルは、今も三宅さんの支えとなっている。「競技でも何でも、8~9割はうまくいかないことだけど、1割の達成感があれば、次に進もうと思えます。スランプのときは原点に戻って、何が悪かったか基礎から見直すようにしています」。そうやって繰り返していくうちに心が強くなっていくのだという。基礎を繰り返す努力をすること、これがトップアスリートの基本なのだ。

世界の舞台で通用する英語の必要性を感じて

2011年
全日本ウェイトリフティング選手権大会

「英語は、 基本を積み上げることがウエイトリフティングの練習と同じですね」と語る。国際大会に出場する機会が増えるにつれ、全世界で広く使われている英語の必要性を強く感じているという三宅さん。

「英語は好きな方でした。試験のときは訳を丸暗記して覚えたりしていました。でも、街で道を聞かれてもとっさに答えられ なかったり、うまく伝えられなかったり。国際大会でも、海外選手とのコミュニケーションはやはり英語です。情報交換もしたいし、交流も図りたいし、英語は とても大事ですね」。

 「実は、将来に向けて、英会話を習い始めているんです」と笑う三宅さん。2年後にはリオ、6年後には東京オリンピックが開催される。引退後もいろいろな ことにチャレンジするためにも英語は必要となってくる。「英語の勉強も小さなことの積み重ねです。一日一つ英単語を覚えるとか、手帳にちょっとした単語を 書いてみるとか工夫しています」

今のうちにできることを精いっぱいやって

 

 「中高生の皆さんには、今できることを精いっぱいやってほしいですね。時間や過去は変えられないけど、今この瞬間目の前にあることに打ち込める幸せ、夢を持っていることの幸せを感じて、失敗を恐れずチャレンジしてください」と熱いメッセージをくれた。

 

 基礎から積み上げて、一つ一つ小さなゴールを達成していくことの大切さを体現している三宅さん。

 

 「お休みの日は、友達と買い物へ行ったり、パンケーキを食べに行ったりしてリフレッシュしています」と、最後には少女のようにいたずらっぽい瞳で笑った。2年後のオリンピックでは、必ず世界一を狙うと話す目には、並々ならない強い意志がみなぎる。何事にも毎日の努力を惜しまない姿勢が、世界一の座をつかむ日も近い。

Profile

三宅 宏実(みやけ ひろみ)

1985年11月18日生まれ。埼玉県出身。身長146cm。日本を代表するウエイトリフティング選手。女子48kg級および53kg級の日本記録保持者。ロンドンオリンピック48kg級銀メダリスト。父であり監督でもある三宅義行氏もメキシコシティオリンピックウエイトリフティングフェザー級の銅メダリスト。

Information

三宅宏実応援サイト(facebook)

三宅宏実応援サイト(twitter)

スペシャル・インタビュートップへ戻る