インタビュー 留学は視野を広げ、可能性を広げてくれた。

2015年07月24日

アメリカで絶大な人気を誇るオーディション番組『アメリカズ・ゴッド・タレント(AGT)』で優勝し、100万ドル(約1億円)の賞金を獲得したことで、世界にその名をとどろかせたダンスパフォーマーのEBIKENこと蛯名健一さん。20歳でアメリカの大学へ留学し、在学中に新入生歓迎ダンスパーティーに参加したことをきっかけに、パフォーマンスの道を歩み始めた。「留学」を通じて開かれた夢への扉の先には、どんな世界が広がっていたのだろう。

間違いを恐れずに積極的に話してみる

 子どもの頃から、映画やテレビ番組を通じてあこがれていた“アメリカ”という国。高校生の頃には、「大好きなバイクで、いつかルート66を横断したい」という漠然とした夢はあった。だが、高校卒業後は、園芸店に就職。留学という道を最初から選んだわけではなかった。

 「留学したきっかけ?実は、失恋したんです。19歳のときに。それはもう落ち込んで…。それで、立ち直ったときに、『そういえば、アメリカに行きたかったんだ。英語が話せるようになりたいんだ』と、20歳で渡米しました」

 向かった先はアメリカ北東部のコネチカット州。小さな田舎町だった。高校時代に得意だったのは理系科目で、英語は嫌いではなかったが、得意とは言えなかった。まずは大学附属の語学学校に入学し、1年間英語を学んだ。

 語学学校では英語力によってクラスが分けられる。イタリア、ハンガリー、ロシア、サウジアラビア、韓国…と、各国の学生が集まるなかで、イタリア人やサウジアラビア人などは文法を間違えながらも積極的に話し、日本人は文法力があるのにあまり話そうとしない。

 そんな様子に「せっかく高いお金を払ってアメリカまで来たのだから、何かしら得るものがなければもったいない」と感じ、「間違えてもいいから英語で発言しよう」と決めた。そして、ひとつの作戦を思いつく。クラスの中で主導権を握るのだ。

 授業の初めから、間違えても積極的に発言したり、議題があがったらすぐに自分から発言したりするなどして、「コイツは英語を間違えるのによく話す」というキャラクターづくりをすることにしたのだ。自分の性格とは違うキャラクターではあったが、クラスの雰囲気や個々の立ち位置が固まってからでは、自分を出しづらい。だからこそ、初めが肝心だと考えた。

「失敗をしてでも発言することが多いと、周りには『あいつはまた何か言うだろう』という雰囲気ができる。そうすれば、授業の流れをコントロールすることができるはず。つまり、自分のレベルやペースに合った流れができると思ったんです」

勘違いで始まったパフォーマー人生

 語学学校で学生生活を送るなかで、パフォーマーとしての人生を歩み出すきっかけがあった。ある日、同じキャンパス内にある大学の新入生歓迎ダンスパーティーが開催された。目の前にはダンスの輪ができていて、一人ずつが輪の中で踊っていく。自分も何かしなければならない空気を感じた。

 「高校生の頃に友達から教わったステップを見せたら場が盛り上がって。みんなが笑ってくれたんです。本当は古いステップがダサくて笑われていたんですが、カッコいいと思われたと勘違いして、それが気持ちよくて、楽しくて、次の日からダンスの練習を始めていましたね(笑)」高校生の頃から、ダンス好きな友達とともに遊びでは踊っていた。テレビのダンス番組も見てはいたが、ダンスを習ったことはなかった。だが、このダンスパーティーをきっかけに、見る人が喜んでくれることに喜びを感じ、ヒップホップのビデオを見ながら、独学で練習するようになった。

 もともと、留学は1年間の予定だった。だが、勉強することも学生生活も楽しい。そこで、奨学金を得て4年制大学へ進学することにした。

 在学中は積極的にダンスやパフォーマンス活動をした。大学には世界各国からの留学生が多く、年1回開催されるインターナショナルフェスティバルは、各国の特色を生かした発表が行われる。蛯名さんは、国別パフォーマンスのコンテストに日本代表として出場し、優勝した。

 また、学内でストリートダンスのサークルを作って活動をしたほか、4年生の頃からはダンススクールでヒップホップを教え始め、卒業して数年後には、ストリートジャズやコンテンポラリーのダンスを教えたりするようにもなっていった。蛯名さんはダンスの技術指導者というよりも、生徒を自分のユニットのダンサーと見立てた芸術監督兼振付家という感覚で指導にあたったという。「僕にとっては、ダンスそのものを見せるというよりは、ダンスはショーの作品のなかのひとつの要素なんです」

地球規模で物事を見つめる視点を

 ダンスを志すなら、初めからショービジネスの本場・ニューヨークへ渡って勝負をする道を選ぶかもしれない。だが、蛯名さんは、ダンサーとして留学したのではなく、留学生活を経てパフォーマーとしての道を歩んだ。

 「英語力はもちろん、国際色豊かな環境で視野が広がり、異文化を受け入れる柔軟性が身についたことは、その後の自分の活動に生きています。ニューヨークで大勢の中でしのぎを削るより、小さな田舎町でのびのびと自分のやりたいことを追求できて良かったですね」

 大学生活を通じて多様な価値観や考え方の違いに触れるなかで、違いを認め、相手の意見を一度受け入れ、自分なりの答えを出す姿勢を学んだ。そして、失敗を恐れずに行動を起こせば何かが変わると実感した。

 そうした経験があるからこそ、日本の中高生たちにも、「一度は海外に出てみてほしい」と考える。世の中は便利になり、日本にいながらにして世界の状況もリアルタイムで伝わってくる。だからこそ、一歩外へ出てほしいと言う。

 「これからの時代は、日本と世界、というよりは地球規模で物事を考える視点が必要です。地球人として行動することが求められるでしょう。そのためにも、共通語となる英語は大切。英語ができれば、可能性が広がります。僕自身も世界を飛び回りながら、英語の必要性を痛感しています」

世界へ一歩、飛び出してみよう

 現在は、ダンスという枠にとらわれず、演技や映像を取り入れたパフォーマンスにより、世界中でショーを行う日々を過ごす。いま、感じているのは、「日本のダンサーやパフォーマーはもっと世界へ出た方がいい」ということだ。日本人は技術も実力も高いので、自信を持って世界へ飛び出してほしいと言う。

 「若い世代はどんどん育っています。今後は自分のパフォーマンス活動とともに、日本でのエンターテインメントやパフォーマーに対する価値や地位も高めていきたいですね。そしてダンス、パントマイム、マジックなどのパフォーマーを集めたショーを作ってみたいと思います。面白いことをやっていきたいです」

 振り返れば「失敗を恐れずに、とりあえずやってみる」ことで、道を切り開いてきた。人を楽しませることに喜びを感じ、歩み始めたパフォーマーとしての人生。アメリカへの留学は蛯名さんの視野だけでなく、可能性をも広げてくれた。

Profile

蛯名 健一

演出家・振付家・パフォーマー。1994年留学のため渡米。在学中に様々なジャンルのダンスを独学で学ぶ。大学卒業後、2001年にトップアーティストの登竜門として名高いニューヨーク・アポロシアターの「アマチュアナイト」で日本人初の年間総合チャンピオンに。2013年アメリカの人気オーディション番組「アメリカズ・ゴッド・タレント シーズン8」で「Dance-ish(ダンスのようなもの)」を披露し、日本人として初めて優勝。現在、ニューヨークを拠点に世界各地でパフォーマンスを行うほか、舞台演出、振付、パフォーマンスを手がける。取材協力:(株)プランニング・インターナショナル

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