インタビュー 英語が広げてくれる、自分の世界、可能性

2015年08月04日

1990年生まれ。東京都出身。1歳から5歳までシンガポール、小学2年生から小学6年生までアメリカに滞在。アメリカ滞在中に同時多発テロ事件に遭遇したことをきっかけに報道キャスターを目指す。中学2年生で実用英語技能検定1級に合格。 高校2年生で再度1級を受験し、日本英語検定協会賞を受賞。 数々の英語弁論大会やスピーチ大会、翻訳大会などで入賞。 慶應義塾大学法学部在学中に、アカデミー賞の現地リポーターでデビューし、第43回ミス日本グランプリに選ばれる。 以後、お天気キャスターや経済ニュースキャスターなどを務め、現在は英語での放送にも挑んでいる。

「英語は世界の標準語」を座右の銘に

 「帰国生徒だから英語ができると思われがちなのですが、私が海外生活を送ったのは小学生までですから、身に付けた英語力も小学生レベル。 むしろ、英語力が高まったのは帰国してからだと思います」

 父親の仕事の関係から、谷中さんは1歳から5歳までをシンガポールで、小学2年生から小学6年生までをアメリカで過ごし、現地の保育園や小学校へ通った。シンガポールでは英語と中国語を使って生活したが、帰国して生活言語が日本語になると、覚えた英語も中国語も忘れてしまったという。 そして、渡米前に英語のテレビ番組などを見て英語に触れてはいたものの、実際にアメリカでの学校生活が始まると、まったく英語が理解できなかった。 授業で先生の話す英語が理解できずにいると、先生からは“言うことを聞かない子”だと思われた。英語を話そうにも発音に自信が持てず、小さな声でぼそぼそ話すだけ。友達もできなかった。 「英語が分からない。 友達ができない。 どんどん悪い方向へと自分を追いつめてしまいました」

 だがある時、隣の席に座った女の子と笑いのツボが重なり、同じタイミングで笑い合えた。 それをきっかけに仲良くなれたら、友達の輪が広がっていった。 ようやく自分から笑顔で積極的に話しかけられるようになったのだ。

 「少しぐらい文法を間違えてもいいんだ。 仲良くなりたかったら、恥ずかしがらずに笑顔でどんどん話しかけよう」。 このできごとをきっかけに、谷中さんには「笑顔は世界の標準語」という座右の銘が生まれたのだという。

 「アメリカのように多様な人種が集まる国では、いろいろな英語を話す人がいるんです。 誰も、間違えたらどうしようとか、発音が違うとばかにされる、などとは考えていないんです。 確かに、置き換えて考えれば、私たち日本人だって、外国の方が日本語でイントネーションや発音、文法を間違えて話していても、相手が言わんとしていることを理解しようとしますよね。 そう考えたら、間違えることは恥ずかしいことではないと思えるようになり、コミュニケーションを取りたい、英語で話したいと思えるようになりました」と振り返る。

小さな目標を達成して自信をつける

 海外生活を経て帰国した谷中さんは、私立の中高一貫校に入学した。 そこで直面したのは、英語も日本語もどちらも不完全な自分だった。 自分は英語ができると思っていたが、日本の中学校で学ぶ英語の文法や文章構造は、アメリカで生活しているときに意識して使うことがなかった。 そのため、定期テストでは文法問題でつまずいた。 日本語を理解することにはさらに苦労した。 先生が話したり黒板に書いたりした内容を書き取ろうとしても、スピードについていけない。 当然、理解が遅れてしまう。 国語の最初の定期テストでは100点満点中わずか5点だった。

 そんな現実に直面した谷中さんが取り組んだのは、小さな目標を立てて、1つずつ達成していくことだった。

 「5点しか取れなかったのに、次のテストは平均点以上を取る、と目標を立てても達成は難しいものです。 でも、10点上げる程度なら達成できるはず。 そうして達成できれば自信となり、次へのモチベーションにつながります。まずは苦手意識を持たないようにすることが大事ではないでしょうか」と語る。

 英語も日本語もままならず、自信を失いかけた。だが、せっかく身に付けてきた英語力をキープしたい。そう考えた谷中さんは、“勉強”という感覚ではなく、楽しみながら英語に触れていこうと、もともと好きだった映画のDVDをたくさん観たという。 なかでも、よく観たのはディズニー映画だ。

 「日本語でストーリーを理解できていれば、音声や字幕を英語にしても、おおよその内容は理解できます。 まず日本語で何度も観てから英語で観るようにしました。 すると、分からない単語があっても、その都度、辞書は引かずに、ストーリーの流れから意味を類推できるようになったんです。 繰り返し観るうちに、セリフを聞き取れるようになり、場面や状況にあった表現も覚えていきました」

 映画を通して、英語の語彙や表現力が高まり、類推力が磨かれると、テストの点数も徐々に上がっていった。 試験で分からない単語が出ても焦ることもなければ、単語にとらわれて読み進められないこともなくなったからだ。 それにより英語を楽しめるようになり、もっと勉強したいと、スピーチコンテストや作文コンテストなどに応募したり、英検にもチャレンジしたりするようになった。

 それまで、英検は準1級まで合格してきた。1級は“合格できるはずがない”と思ってチャレンジしていなかった。 だが、友達の母親の勧めで受けてみようと思い、中学2年生で英検1級を受験。 1回目の受験で一次試験の筆記は合格するも、二次試験のスピーキングは不合格だった。 面接でのスピーチ対策が不十分だったのだ。 だからこそ、2回目の受験に際しては万全の対策で臨んだ。 1分間スピーチに照準を当て、ストップウォッチを片手に、時間内で意見を主張できるように練習を重ねた。 その成果が発揮され、2回目の受験で見事、合格することができた。

 「英検以外の検定試験もいろいろ受験しました。中高生にとっては、英検が受験しやすくなじみやすい試験だと思います。 他の試験はビジネスや留学を目的としていますが、英検は学校で学んだことがそのまま生かされますから」

“かけ算”は人を魅力的にする

 中学・高校生活を通じて、谷中さんは勉強はもちろん、いろいろな分野で活躍する周りの友人たちから刺激を受け、彼らに必死で追いつこうと努力し続けた。 そこで「自分には無理」とあきらめたら、もうこれ以上成長はしないと思って、何にでも挑戦しようと臨んだ。 その姿勢は、大学生になってからも、そして社会人となった今でも変わらない。

 谷中さんはテレビ番組のキャスターとして現在、英語力を生かして活躍している。 テレビの仕事を目指すきっかけとなったのは、小学生の頃、アメリカ滞在中に体験した2001年の米国同時多発テロだった。 世界貿易センタービルの近くで働く父の安否を確認する唯一の情報源がテレビだった。 その時、報道の重要性を痛感した。そして、報道キャスターにあこがれて、大学に入学するとフリーアナウンサーが多く所属する事務所に応募した。 先輩アナウンサーに追いつきたい一心で、美に対する意識や日本語の表現力も高めてきた。 2011年度のミス日本でグランプリに選ばれたときも、「応募の時点では分不相応であっても、チャレンジすることで自分を高められる」と信じて挑戦した。 現在は、英語力を武器にプラスアルファの知識を身に付け、経済番組のキャスターや国際放送のキャスターの仕事にも取り組んでいる。

 「人を魅力的にするのは“かけ算”です。 たとえば、私は英語力を強みに、キャスターの仕事をしています。 それにサッカーの知識が加われば、ワールドカップで取材に行けるかもしれません。 1つの力だけでなく、他人より何らかの優れた能力を持ち、それらを“かけ算”すると、チャンスは広がるのではないでしょうか。得意なものを持つことは大切なこと。『 好きこそものの上手なれ』の言葉のように、自分が好きだと思えることがあればそれを強みにしていけばいいんです。強みはチャンスを広げてくれますから」

可能性は無限大。英語力でチャンスを広げる

 谷中さんにとって、英語は強みの1つだ。英語ができなくても、日本で生活するうえで困ることはあまりないかもしれない。 だが、グローバル化が進む社会では、どこで英語が必要になるかもわからない。 仕事を始めてから、英語ができることで知りうる情報が増え、チャンスが増え、世界が広がったと実感している。だからこそ「中高生は、せっかく学校の授業で英語を学ぶチャンスがあるのですから、その環境を生かしたほうがよいと思います」と強調する。

 「誰でも可能性は無限大です。 大きな夢に向かって努力し続ければ、いつか近づくことはできると思います。 そのためには、自分を信じることも大切でしょう。一歩ずつ小さな目標から達成して、自信をつけていくことだと思います。 私も帰国して、どん底からのスタートでした。 失敗を恐れずにいろいろなことに挑戦し続け、周りの応援を得ながら、自分を信じてここまでやってきました。 夢があれば、目的意識を持ってがんばれますよね。英語でもスポーツでも何でもいい。 将来の選択肢を増やしておくことが、自分の可能性をさらに広げてくれると思います。 読者のみなさんには、夢は大きく、何でも挑戦する気持ちを大切にがんばってほしいですね」

 谷中さんが歩んできた道のりは、必ずしも平坦なものではなかった。 努力でつかんできたチャンスと、小さな目標を一つずつ達成しながら得た自信。 読者に向けて発したメッセージの中にも、自分をさらに高めていきたいという強い意志が現れていた。

 

Profile

谷中 麻里衣

1990年生まれ。東京都出身。1歳から5歳までシンガポール、小学2年生から小学6年生までアメリカに滞在。アメリカ滞在中に同時多発テロ事件に遭遇したことをきっかけに報道キャスターを目指す。中学2年生で実用英語技能検定1級に合格。 高校2年生で再度1級を受験し、日本英語検定協会賞を受賞。 数々の英語弁論大会やスピーチ大会、翻訳大会などで入賞。 慶應義塾大学法学部在学中に、アカデミー賞の現地リポーターでデビューし、第43回ミス日本グランプリに選ばれる。 以後、お天気キャスターや経済ニュースキャスターなどを務め、現在は英語での放送にも挑んでいる。

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