英語教育から教育全体の水準を底上げし
子どもの「総合的な生きる力」を伸ばす
大阪府の北東部に位置する寝屋川市は、大阪市中心部から約15キロ、京都市中心部から約35キロと好立地であることから、住宅地として発展してきた。その寝屋川市の英語教育が、今大きなターニングポイントを迎えていると聞き、寝屋川市教育委員会の竹若洋三教育長らにお話を伺った。
「世界にはばたく子ども」を育てたい
寝屋川市教育委員会教育長
(大阪府都市教育長協議会会長)
竹若洋三先生
寝屋川市が英語教育に力を入れ始めたきっかけを尋ねると、「寝屋川市はね、大きな特長のなかった市なんですよ」と竹若教育長は苦笑する。「そこで、文部科学省の『英語が使える日本人』の育成のための戦略構想を踏まえて、市を挙げて『世界にはばたく子ども』を育てていこうということになったんです」。このような経緯で、2005年度より5年計画でスタートした小中一貫教育(中学校12校、小学校24校)の施策の一つとして、英語教育の重点化を進めることになったのだ。
達成目標として掲げているのが、中学卒業時に英検3級を取得していること。具体的指標は「中学生の3級受験率70%」だ。市を挙げて英検受験を推進している理由を聞くと、「子どもたちに自信を持ってほしいんです。英検は全国レベルの検定なので、それをクリアする達成感や認められたという喜びが、いい影響を与えると思います」と竹若教育長は語ってくれた。
小学校では「国際コミュニケーション科」という科目を設け、「英語活動を通してコミュニケーション力を養う」ことをコンセプトとする授業を実施している(低学年は年10時間、中学年は年20時間、高学年は年35時間)。一般公募した英語教育支援人材が学級担任をサポートし、子どもたちからは「楽しい!」という声が多く寄せられているという。また、2008年度からは小学6年生全員に児童英検の受験を推奨し、市が受験料を全額負担している。このような取り組みは、全国の自治体でも珍しいという。
一方中学校では、継続して「国際コミュニケーション科」を設けるとともに、英検受験料の補助を行っている。中学在籍中に2回、2000円(1回につき1000円)を補助し、英検受験を推奨しているのだ。その結果、2005年度には35.3%だった受験率(全級)は2009年度には56.6%に上昇し、英検3級以上の合格率も41.4%から59.0%へと大きく伸びたという。周辺の私立高校の中には、英検3級取得者に対する入試面での優遇措置を設ける学校も増えていて、特に中学3年生の英検受験を後押ししているようだ。
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まずは教員を育てることから
寝屋川市教育委員会事務局
学校教育部 教育監
佃千春先生
そして、寝屋川市の英語教育促進のもう一つの特長が、教員研修の充実ぶりだ。市教育研修センターの国際コミュニケーション科指導法研修に加え、(財)日本英語検定協会から英検対策資材の配付や講師の派遣などの協力を得て、英語指導方法などのセミナーを開催しているのだ。そこでは英検対策に限らず広い意味での英語教育・指導についての研修を行っていて、好評を得ているという。教育現場を考えた施策が功を奏しているといえるだろう。
大阪府都市教育長協議会の会長も務める竹若教育長は、「橋下府知事の元で大阪府が英語教育を推進しているのは大変喜ばしいことです。来年度からは小学校での外国語活動が必修になりますが、何よりも先生たちが自信を持って授業を行えるような支援体制を整えるよう、府にも要求していきたいと思っています」と積極的な姿勢だ。
そんな竹若教育長の座右の銘は、「徳は孤ならず必ず隣あり」だという。「徳があれば孤独になることはない。必ず周りの人たちが助けてくれる……という意味ですが、まさに寝屋川市の教育改革はこの言葉通りなんです。市長にも私にも『寝屋川市の教育を変えたい!』という熱い思いがあるのです。それを実現するために学校の先生方や教育委員会のメンバー、日本英語検定協会の方や保護者の方、さらには市民のみなさんまで、様々な方々に支えられて、少しずつ進んでいるのだと思っています」
「英語教育の街、寝屋川」を目指して
寝屋川市教育委員会
学校教育部 教育指導課長
阪口久雄先生
英語教育に重点を置いた小中一貫教育の開始から6年目を迎え、色々と課題も見えてきたという。「小学校卒業時には高かった英語の力も、中学2年くらいで一度下がってしまうんです。小学校と中学校の間に溝ができないような指導方法や教育内容を考えるのも、今後の課題の一つです」と竹若教育長。現在は2011年度からの10年計画を作成中だという。「将来にわたって軸が変わらないように、寝屋川市のブランドとして充実した英語教育を定着させていきたい。子どもたちが成長して寝屋川市から出て行っても、また戻ってきて住み続けたいと思えるような街づくりを進めていきたいのです。それが人材の育成にもつながると思うんです」と竹若教育長は語ってくれた。
佃千春教育監は、「この5年間で、いじめ、不登校の数がかなり減りました。子ども同士のコミュニケーション力の向上や、子どもの積極性や自信が高まっているという調査結果も出ています。英検を受けた子どもたちに聞くと、『また受けてみたい!』とチャレンジ精神も育っています。これはあらゆる取り組みの総合的な成果だと思いますが、『国際コミュニケーション科』の導入も、その一助になっていると感じています」と語る。
英語教育の重点化もスタートから5年の節目を終え、今年1年間で反省点と課題を洗い出し、次年度からの10年計画へ向けての目標を再掲する寝屋川市。「英語教育の街、寝屋川」のブランドの確立を目指す教育長やスタッフの熱い思いは、10年後、20年後の寝屋川市を必ずや変えることだろう。
寝屋川に教育の明日を見た!
大阪樟蔭女子大学 教授
菅 正隆先生
寝屋川に教育の明日を見た!
寝屋川市には夢がある。その夢を実現するために教育長が自ら旗を振り、日々闘っている。課題が山積みする中にあって、解決策の一つとして、目先の対処療法ではなく長期間のビジョンを持って、英語教育を選択したのである。今、それが実を結ぼうとしている。いじめの件数、不登校の数の減少は、様々な要因が考えられようが、コミュニケーション活動での他者理解、授業が楽しく、わかることへの喜びを体験させた結果であろう。しかし、そのために特別なことをしているのではない。人間の知識欲、自己肯定感を満足させようとしているにすぎない。英検もその手段となっているのである。
かつて、私が文部科学省の教科調査官だった時代、小学校の英語教育を審議する中央教育審議会の外国語専門部会において、「小学校における英語教育の目標と内容」で、二つの考え方を提示したことがある。一つは「英語のスキルをより重視する考え方」であり、他方は「国際コミュニケーションをより重視する考え方」である。後者の考え方が、以後の外国語活動の導入、学習指導要領へとつながっていくのである。まさに、その考え方は、寝屋川市の実践を下地にしたものである。
今回のインタビューにおいて、竹若教育長に真のリーダーを見たような気がする。アクは強いが、教育へのアクなき情熱。ここに多くの方々が汗を流し、日々努力されているのである。つまり、夢を語り、行動し、闘う。それがリーダーである。このようなリーダーの元には人が集まり、教育費も集まる。事なかれ主義のリーダーの元では教育は何も変わらないのである。
英検 英語情報 2011年1・2月号 掲載