創立51年の歴史を誇る熊本市の「熊本市立千原台高等学校」。駅伝や自転車競技、ハンドボールなど全国にその名を轟(とどろ)かせるスポーツの盛んな市立高校だが、英語への熱心な取り組みでも知られている。前身が商業高校である同校の特色も生かした実践的な英語教育を取材した。
光本範雄校長
熊本市の中心部から西へ車で10分、緑豊かな高台に千原台高校は建つ。
「熊本の明るい土地柄もあるからでしょうか。生徒たちは素直で大らか。その一方で、何か目標を決めたらやり抜く根気強さも持ち合わせています。昨年度は男子ハンドボール部が国体4位、自転車競技でも全国インターハイに出場、全国高校駅伝は女子が7位に入賞したんですよ」と光本範雄校長。
元々は熊本市立高校の商業科として昭和32年にスタートし、2年後、熊本市立商業高校として独立。平成12年に現在の校名に変わったが、今年で創立51年目という同校は、親子もしくは3代で同校の出身という生徒も珍しくないという。
「昨年度、『生徒が主役・心に夢を』というスローガンの下、生徒の自主性を大切にした教育に取り組みました。そして、その夢を叶えるために必要な力をつけようと、今年度は、それに『夢を叶える力を』という目標もプラスしたんです。商業高校の特色は受け継がれており、実社会に役立つような知識を身につけたり、資格取得を目指したり。しっかり自分の将来を見据えた生徒が多いですね」
学校主導ではなく生徒が考え行動するボランティア活動も地域で注目されている。「熊本城清掃活動」や「中国四川省大地震募金活動」、「0歳児を持つ母親との交流」など、独自の活動を続けている。
「学校だけで子どもを育てるのは難しい時代に市民の方々の協力は欠かせません。本校では毎年、販売実習として『千原台マーケット』を開催しています。職場体験実習をさせていただいた企業などから商品を仕入れ、駐車場の準備から宣伝、経理や接客まで、まさに『生徒が主役』となって取り仕切るんですよ。1、000人を超す地元の人たちがマーケットに訪れ、暖かい言葉をかけてくれました。地域に本当に愛されている学校だと思います」
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1)目指せ、英検2級!生徒たちは資格が好き
米村綾子先生
迫芳雄先生
現在、進学率と就職率は半々だが、進学組も就職組も共通して力を入れている学科は英語。どちらも実践的で使える英語を目指しているが、特に普通科に設置された「国際経済コース」では、「国際社会で活躍できる人材の育成」を目標に、英語暗誦大会やスピーチコンテストへも積極的な参加を行っている。同コースでは、異文化理解や自国の文化を英語で学ぶことができるほか、希望すればアメリカのサンアントニオ市との1年間の交換留学や中国・ドイツへのホームステイ体験が可能だ。そして四技能をしっかり身につけるため、コース全員が英検に挑戦し、卒業までに2級合格を目指している。
「英検は非常にわかりやすい資格です。たとえ落ちてもいい人生経験。前身が商業高校ということもあるのですが、生徒たちは資格好き。熱心に取り組んでいますよ」と英語科の米村綾子先生。
とはいえ、朝早くから夜遅くまで部活に打ち込む生徒たちは実に多忙。そこで英語科では、より効率よく英検受験に取り組めるように、インターネットで公開されている英検の問題と過去の試験問題、リスニング問題のCDをセットにしたオリジナルの「自主学習セット」を2級、準2級、3級と各級ごとに用意。1利用につき、貸し出し期間は2泊3日だが「まとまっていて利用しやすい」と生徒たちには好評のようだ。
同じく英語科の迫芳雄先生は、「今の生徒には珍しく、単語を一つ一つ丁寧に覚えようとするなど、コツコツ根気強く勉強しています。スポーツをやっている生徒は、基礎練習の大事さを身にしみてわかっているからではないでしょうか」と分析する。
2)スポーツをやっていたからこそ、勉強がはかどる!
松本由衣さん
岩下志於仁君
多くの進学校では「勉強時間が減ってしまう」と敬遠されがちな部活動だが、「部活との両立が勉強にもいい効果を生む」と両先生は口を揃える。
スポーツに打ち込むことで、集中力がつき、精神的にも鍛えられ、チャレンジ精神が身につく。そして早い段階で夢を見つけ、自分で目標を立て効率よく勉強する生徒が多いようだ。
国際経済コース2年生(取材時)の松本由衣さんもその一人。「バドミントン部に所属していますが、早朝練習も放課後の練習もあり、かなりハードな毎日。ですが将来、空港で働くグランドスタッフになりたいので、英語の勉強は欠かせません。すでにわかっているところも、忘れないように、時間を置いて覚え直します。スピーチが得意なので、暗誦大会にも出場しました。先生に指導していただき、練習を繰り返しましたが、当日はすごく緊張しました」松本さんは時間をやりくりし、高校在学中に英検2級を取得したいと意気込む。
一方、同じく国際経済コースの3年生(取材時)の岩下志於仁(じょうじ)君も3年間、野球の白球を追いかけながらも、英検1級を在学中に取得したつわものだ。「中学1年までアメリカのテキサスに住んでいました。両親とも日本人ですが、家庭内でも英語を使っていたし、テキサスでも現地の中学校にいたので、来日した当初、日本語がまるでわかりませんでした。日本に来てからは英語を忘れないように映画を見て、アメリカで使っていた言い回しなどを忘れないようにしました」
とはいえ、入部した千原台高校野球部は昨年、県のベスト8に入る強豪校。「野球部にいる間は勉強どころではありませんでした。本格的に受験勉強を始めたのは、夏の大会後、野球部を辞めてからです。それまでの分を取り返そうと必死で勉強しました」
受験勉強と平行して英検1級にもチャレンジすることを決意したのは、「自分の将来を考えると必要な資格だと思ったから」。『TIMES』などの英字新聞を読んで時事問題に備えた。一方、スピーチには自信がなかった。いくらアメリカで暮らしていたとはいえ、普段の日本の生活では英語を話す機会が少ないからだ。そこで、二次試験の前はALTの先生に、毎日、マンツーマンで発音などをチェックしてもらったという。
「1級受験の当日は、福岡まで電車に乗って受けに行きました。自信はあまりありませんでしたが、無事合格でき、まわりの人も喜んでくれました。千原台の先生には感謝しています。いつも全力で応援してくれる。学校の授業でも、細かく丁寧に教えてくれて、本当にわかりやすいです。将来は映画の字幕を考える翻訳家になりたい。そのために外国語に強い獨協大学を受けました。大好きな俳優、ウィル・スミスが主演する映画を担当したいです。そして、日本で修行を積んだら、アメリカへ行って俳優やメジャーリーグの通訳になりたいですね」
学校の建つ千原台には、毎年春になると、花びらが8枚の珍しい「千原櫻」が咲き誇る。末広がりで縁起が良いとされる桜のように、どこまでも広い世界に跳躍してほしいと図案化された桜の校章。千原台高校の生徒たちは、その想いを胸にそれぞれの道をしっかり歩んでいる。
STEP英語情報 2009年5月・6月号 掲載