コミュニケーション活動中心の授業で
自らの言葉で語る力を身につける
横浜市立南高等学校附属中学校
2014.04.30
横浜市立南高等学校附属中学校は、コミュニケーション活動を中心とした先進的な英語の授業が注目を集める横浜市初の公立中高一貫校だ。2012年度の開校から、わずか1年で生徒たちの英語力が飛躍的に伸び、英検受験においても確実に成果を上げている。どのような指導計画に基づいた授業を展開しているのかを探るべく、西村秀之先生の授業を訪ねた。
自分の言葉でストーリーを語り、書く力をつける
西村秀之先生
快活な生徒たちが集まる1年生の教室。始業のチャイムが鳴り、“Shall we start?”のかけ声で、生徒たちは一斉に先生に注目する。西村秀之先生の発話は、英語が中心だ。生徒たちは英語での挨拶やちょっとした質問にも慣れた様子で、時折、日本語を織り交ぜながらも、自然に英語を使って答える。
授業は、1年生の教科書ユニット11のRetellingから始まった。生徒たちは4人1組になり、ピクチャーカードを使って、順番に自分の「Own story」を述べる。教科書の暗唱ではなく、様々な表現を使いながら自分の言葉で教科書のストーリーを語るのだ。多少の文法的な誤りはあるものの、詰まることなくすらすらと英語が発される。
続いて、指名された生徒が全員の前で発表した。堂々とした様子で発表を終えた生徒に対し、西村先生は良かった点を中心に講評する。他人の発表を聞くことも、学習活動において重要な活動だ。クラスメートのストーリーを聞くことで、生徒は自分では気づかなかった発見をすることが多いからだ。
Retellingを終えるとライティングに移った。3分間の時間が与えられ、生徒はノートに、自分の言葉でストーリーをつづっていく。発話のときと同様に、生徒は手を止めることなく書き続ける。西村先生は、授業前半で取り組んだRetellingの総仕上げとして、ライティングを取り入れている。
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1年間で教科書を5周くり返し、段階的に精度を上げる
同校の英語の授業は、1冊の教科書を1年間で5周するスパイラル学習を取り入れている。1周目は音声のみで教科書の内容を理解する。CDでくり返し音声を聞き、聞き取ったストーリーに合わせてピクチャーカードを並べ替える活動が中心だ。その際、単語や文法などはほとんど解説せず、教科書を読むこともしない。こうして教科書のすべてのユニットをひと通り終えたら、2周目では音声を聞きながら教科書の英文を追い、音と文字とを一致させる。
そして3周目は、これまで耳からインプットしてきたことを音に出す音読だ。CDの音声をまねて、発音やイントネーションにも気をつける。さらに、読み取ったことを書いてみる、というライティングにも取り組む。4周目は、聞き取った音声をもとに、教科書の英文に設けられた空欄を埋めていく「穴あきリーディング」に取り組む。さらに5周目では、教科書のストーリーを自分の言葉で伝える「Retelling」を行う。最後にRetellingで発話した内容をノートに書くライティングに取り組み、すべてのタスクが終了する。
この日の授業前半は、5周目にあたる学習だった。1年間で5周するため、授業の進度は速い。回を追うごとに精度を高めていき、量から質へ、「内容を理解する」インプットから「自分の言葉で表現する」アウトプットへと、徐々にステップアップしていくのだ。
くり返し何度も英語の音を聞き、発話する
授業風景
授業の後半は、2年生の教科書の1周目の活動に入った。ユニット4のストーリーを2回ほど聞き、クラス全員で協力しながら、話の順序に沿ってピクチャーカードを並べ替えていく。西村先生は新出の単語などを黒板に書き出すこともあるが、発音を中心に簡単に説明するにとどめている。
「1周目では、とにかく少しずつのタスク、発問をしながら、たくさん、くり返して何度も聞かせることがポイント」と西村先生は強調する。文法についてはほとんど解説しないが、生徒を見ていると、つまずきやすいポイントがわかってくる。その部分については、1周目や2周目であっても、文法の説明を補うという。
そして授業も終わりに近づいた頃、「なりきりリスニング」と呼ばれるシャドーイング活動が始まった。生徒たちは登場人物の誰かになりきり、CDの音声に被せるように発話する。回を重ね、感情を込めたりしながらタイミングを合わせて発話する。タイミングよく言うためには注意深く聞かなければならない。何度も聞かせるための活動の一つであり、また、この活動を通して、生徒たちは発音やイントネーションを含めて、より「英語らしい」表現方法を身につけていく。
インプットの内容の質と量を高める
高橋正尚校長
梶ヶ谷朋恵先生
同校では、どの科目の授業においても「生徒に積極的に活動をさせて力をつける」ことを最重要視している。高橋正尚校長は、「自ら体験することにより主体的な学習習慣を身につけ、目的意識を持って物事に取り組める生徒を育てたい」と話す。また、「EGG(Explore・Grasp・Grow)」と名づけられた「総合的な学習の時間」をはじめ、コミュニケーション力の育成も教育の柱の一つだ。「学力だけでなく、様々な人と関わり、協力して問題を解決する力をつけ、国際社会で活躍できる人材に育ってほしい」と考える高橋校長は、自ら160名の生徒全員と面談を行うなど、きめ細やかな教育も心がけている。「生徒一人ひとりに目配りする丁寧な教育を目指しています。学力が高い層をさらに伸ばすだけでなく、下の層の生徒のサポートもしっかりと行っていきたい」と言う高橋校長の目標を実現すべく、英語科教員も指導に熱が入る。
英語科の西村先生と梶ヶ谷朋恵先生は、開校にあたり、英語教育のコンセプトを、「十分なインプットを基本に、実際に使用する場面を設定した授業の展開」と定めた。インプットとは、単語や文法の知識を覚えることではなく、「内容の理解」を意味する。その背景について梶ヶ谷先生は、「前任校でインプット不足のままアウトプット活動をさせていた反省があった」と振り返る。
インプットに重きをおくためには、インプットする内容の質と量を高めることが必要だ。しかし、「最初から質、つまり精度を求めない」と西村先生は強調する。初めは音声中心でおおまかな意味理解ができることを目標とする。文字は正確性を伴うため、初めから書かせると苦手意識が生まれやすくなり、生徒の意欲が下がってしまう。そこで、まずは文字情報ではなく、音声をくり返し聞いて内容を理解することから始め、段階的に精度を上げ、スピーキング、ライティングでの発信できる力をつけていく指導計画を立てたのだ。
コミュニケーション活動中心の授業に1年間取り組み、生徒たちからは「もっと発音がうまくなりたい」「英語が使えるようになりたい」との声が聞かれるようになったという。梶ケ谷先生は「この知的欲求をうまく生かし、さらに伸ばしてやりたいと思います」と今後への期待を込める。また、西村先生は、「予想以上の生徒の成長ぶり、特に発話量、作文量に驚いています。教師や友達の英語を聞いて良いところを取り入れるなど、生徒の吸収力が上がっていると感じます」と笑顔で話した。
コミュニケーション活動で確かな英語力を身につける
日々の学びの成果を客観的に確認するため、同校では2012年度第2回の英検を全員が受験した。そして、ほとんどの生徒が一次試験に合格した。受験に際し、授業では特に英検対策は取り入れなかったという。「コミュニケーション活動中心の授業でも、しっかりと英語力がつくということが証明されたと思います。英検へのチャレンジは、生徒にとっても自分の英語力の目安がわかり、自信もついた事でしょう。今後の英語学習への意欲向上にもつながることと期待しています」と西村先生はこの結果を喜ぶ。
今後の課題について、「生徒の成長に伴い、学習意欲を高めるようなアウトプットの方法を考え、バリエーションを持たせていく必要があります」と西村先生は話す。また、梶ヶ谷先生は、「中学3年間で、相手の言っていることを理解し、自分が言いたいことが言える英語力をつけてほしいですね。そのためには、ライティング活動もより強化するなどして、彼らの英語の精度をいかに上げていくかが今後の課題です」と語る。
同校の先進的な英語教育は、1年目にして確実な成果を出している。公立中高一貫校の新たな取り組みに、全国の英語教育従事者から注目が集まっている。
英検 英語情報 2013年4・5月号 掲載