連携型の小中一貫教育を推進する鹿児島県薩摩川内市では、小学1年生から英語学習をスタートし、全国に先駆けて中学生の英検受験料を全額負担するなどの「英語力向上プラン」事業に取り組んでいる。夏真っ盛りの8月上旬に、市内の小中学生を対象に開催された「英語サマーキャンプin寺山」を訪ねた。
コミュニケーションの楽しさを実感
JR鹿児島中央駅から九州新幹線「つばめ」で1駅。山中を通り抜け、わずか12分で川内駅に到着した。薩摩半島北西部に位置し、明るい緑の木々に覆(おお)われた山々や市内中心部をったりと流れる川内川、地形変化の美しい甑島(こしきじま)…など、豊かな自然環境に恵まれた薩摩川内市は、今から5年前に1市4町4村が合併して生まれた。静かで落ち着いた町並みを抜けて、車で走ること15分。山の頂きに「薩摩川内市立少年自然の家てらやまんち」が見えた。市内の中学校から集まった中学生男女41名が、英語サマーキャンプを行っている会場だ。
キャンプは今年で4回目。市を挙げて小中一貫教育に取り組んでいることもあり、過去3年間は小学3年生から中学3年生までを対象に合同開催された。小中連携の意味では一定の成果を得られたキャンプであったが、小学生と中学生の英語力の差に開きがあるため、今年はさらなる英語力の向上を目指して、小学生と中学生は別日程で開催することになった。市内の全小中学校へキャンプへの参加を呼びかけて参加者を募ったところ171名の応募があり、その中から小学生60名、中学生41名が参加した。参加者は必ずしも英語が得意な生徒ばかりではない。中には、英語は苦手だが、キャンプの内容に興味を持って参加した生徒もいる。生徒たちは、ゲームや料理、キャンプファイヤーなどのグループ活動を通じて参加者やALTたちとの交流を深めた。キャンプ中は英語での会話が原則。共同生活や地域に根差したテーマ学習を通じて、英語に親しむことを目的としている。
キャンプ担当者である同市教育委員会の児玉恭子指導主事によると、初日はALTからの問いかけには英語で答えても、自ら英語を発することはできなかった生徒たちも、2日目以降は、自ら積極的に話しかけようとする成長ぶりが見受けられたという。また、英語の得意な生徒が同じグループの生徒をリードして、活動を進める場面も見られたそうだ。
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英語学習への意欲を高めるきっかけに
児玉恭子指導主事
キャンプ最終日には、東京都・港区立赤坂中学校の北原延晃教諭による特別授業も行われた。この授業は、英語教育の第一線で活躍する先生が各地へ出向いてセミナーを開くという、当協会の講師派遣制度により実現したものだ。今回はこの授業を市内小中学校の先生方が集まって参観することで、授業法研修会としても位置づけられた。授業冒頭は初対面の北原教諭を前に緊張気味の生徒たちだったが、「アクションカードを使い、体を動かしながら英語を口に出して覚えていく」というスタイルで、テンポよく授業は進み、生徒たちの声も次第に元気を増していった。授業後半はテキストを使用し、新出単語はジェスチャーを交えて覚え、内容はQ&A形式で理解を深めた。そして、音読を繰り返し、最終的にはテキストを見ずに短時間で暗唱するまでに至っていた。
こうして全日程を終えた生徒たちは笑顔を輝かせていて、全員が充実した時間を過ごせたことが手に取るようにわかった。そんな生徒たちの様子を、児玉指導主事は温かいまなざしで見つめ「生徒たちはお互いに普段の英語学習法を教え合うなどして、大いに刺激を与え合っていました。英語を実際に使って生活し、英語をもっと話せるようになりたいという意欲が高まったようです。英語によるコミュニケーションの楽しさを実感してほしいという目的は達成できました」と満足した様子。「2学期に入ったら、今度は自分がキャンプで経験したことを、学校の友達へ伝えて、英語学習への興味の輪を生徒たちから広げていってほしいですね。市としても、各学校で参加した生徒が体験談を話したり、文章をまとめたりするような機会を作っていければと思います。小中学校9年間の英語教育を通じて、生徒たちには、生まれ育った薩摩川内を誇りに思い、その素晴らしさを他市、他県はもちろん、世界へ向けても発信していける力をつけていってほしいですね。そのためにも、地域に根差した英語教育を進めていきたいと思います」と話した。
小中一貫教育による学力向上への取り組み
~薩摩川内市教育委員会 上屋和夫教育長に聞く
~薩摩川内市教育委員会 上屋和夫教育長に聞く
薩摩川内市では、2006年3月に内閣府から「薩摩川内市小中一貫教育特区」の認可を受け、3年間という期間を区切って、水引・祁答院(けどういん)・里の3中学校区をモデル地域とした「連携型」の小中一貫教育の研究に取り組んできました。市内には小学校46校、中学校16校の計62校があり、今年度からは、すべての中学校区で小中一貫教育を実施し、各地域の教育的風土や伝統を生かしながら、ふるさと意識を養う教育活動を展開しています。
中小連携を進める背景には、標準学力検査問題結果や、県が実施した「基礎・基本」定着度調査結果等の諸検査結果で、中学校入学後の学力の落ち込みが見られるという「学習指導上の課題」に加え、中学校入学以後に不登校生徒が増加するなどの「生徒指導上の課題」の解決が急務であることが挙げられます。
そこで、本市では(1)「4・3・2制」の教育段階 (2)新教科である「コミュニケーション科」の創設 (3)「小学校英語教育」の充実、という3つの柱を掲げ、課題解決に向けて、小中学校が連携して児童生徒の教育に取り組んでいます。「小学校英語教育」を充実させるため、06年度からは小学1年生から授業科目として英語を取り入れ、低学年で10時間、中学年で25時間、高学年では35時間という指導時数を設けました。実施にあたっては、06年度まで文部科学省の研究開発校であった平佐西小学校の研究・実践を生かし、英語に長(た)けた地域人材の積極的な活用や、鹿児島純心女子大学の准教授による授業を通じて、早い段階から英語に慣れ親しむ時間を作り、中学校の英語学習にスムーズに移行できるようにしています。また、小学校と中学校の教員が交流する研修の場を設けたり、中学校の英語教員が小学校の教員とティーム・ティーチングで英語の授業を行ったりもしています。
「英語サマーキャンプ」はこうした英語教育の充実のための「英語力向上プラン」事業の一部であり、今年で4年目に入りました。今年度は小中別日程での開催となった新たな取り組みでしたが、今回の成果を今後の活動にもさらに生かしていきたいと思います。
「英語力向上プラン」事業には「英検の受験推進」も含まれています。これは、市内の全中学生を対象とし、第2回検定を受験する際の検定料を市が全額負担するというもので、07年から全国に先駆けて実施しています。英検は客観的に実力を測定できる試験であり、生徒にとって身近な目標となり、学習意欲の向上につながるので、教育的な意義があると考えています。これにより、昨年度は97%の生徒が受験し、年を追うごとに成果が上がっているようです。
さらに、友好都市である中国・常熟市や上海市とのスポーツ等の交流事業、中高生の米国派遣のほか、国際青少年音楽会の開催など、児童生徒が外国の文化に触れ、世界へ目を向けるきっかけとなる国際交流活動を推進しています。本市で生まれ育った児童生徒には、こうした9年間の様々な英語教育を通じて、英語力をより高め、国際的な視野を持って、世界に羽ばたいてほしいと願っています。
STEP英語情報 2009年11・12月号 掲載