「小さな田舎町」だからこそ、
町をあげてグローバル社会にそなえる
風光明媚な熊本県阿蘇に位置する小国町は、人口8,500人あまりの自然に囲まれた小さな町。町をあげて小中学校での英語教育に力を入れていることで、県内では知られた存在だ。今回は、外国人講師を多数招いて開催された「夏休み学習会」の様子を取材し、先生方にお話を伺った。
「夏休み学習会」で外国人講師と交流する
小学生クラス・講師紹介の様子
岩田悠作先生
今年で3回目の開催となる「夏休み学習会」は、1日目は小学6年生、2日目は中学生を対象として行れる英会話と算数・数学を学ぶ夏の課外授業だ。今年は8月22、23日に行われた。英会話の授業はいずれも3時間ほど。様々なゲームやアクティビティーを楽しみながら、英語を使って色々な人とのコミュニケーションが取れるスキルを養っていく。小中それぞれの日本人教師を中心に、小国町のALTほか、YMCAの協力を得て、近隣地域から外国人講師や学生ボランティアを招き、総勢10名あまりの講師の指導の元、授業が始まった。
小中とも、最初のアクティビティーは「バースデーチェーン」を作るというもの。生徒たちはクラスメイトや講師と“When is your birthday?”“My birthday is....”という会話を交わしながら、1月1日から12月31日まで誕生日順に大きな輪になって並ぶ。次にグループを作り、英語で自己紹介をしたり、クイズ、ビンゴをしたりと、英語を使ったアクティビティーが続く。それぞれのグループには外国人講師が加わり、生徒に自国について紹介するなど交流を深めた。さらに中学生の授業では、「1-minute Chat」や「Show and Tell」など、まとまった文章を話すアクティビティーも行われた。小中とも最後のアクティビティーは、「入国審査を受けよう」というもの。生徒にはパスポートが渡され、生徒はそれを持って各国の入国審査官に扮した外国人講師たちのもとを訪れ、入国許可のサインをもらうという活動だ。入国審査官に扮する外国人講師に自分の名前や年齢を伝えたあとに、“How long will you stay here?”“What's your purpose to come to this country?”など、入国のための質問に答える。生徒たちは、できるだけたくさんの国の入国サインを集めるために集中して質問に答え、教室中を動き回る。教室からは生徒たちが一生懸命話す英語や笑い声、歓声が聞こえるほどの盛り上がりを見せた。
今回の学習会で行った活動は、小中学校の先生が協力して考案したものだという。小中とも同じ活動をベースにしているが、中学生には会話の中で使う表現や語彙のレベルを上げて、それぞれの学年に合った内容になるよう工夫されていた。
小学生の授業を担当した岩田悠作先生は、「私は普段は小学5年生を担当していて、英会話の授業はALTとのTTで行っています。小学校では現在、基本的にはそれぞれの学年の担任が英会話の授業も担当していますが、教材や授業の組み立てなどは、お互いにサポートし合っています。現在の5年生は3年生の頃から英会話科を受けている学年で、英語への気後れや気負いが全くなく、ただ授業を楽しんでいるようです。彼らの様子を見ていると、大人から与えられる物事を素直に受け入れる低学年から、英語に触れる意義は大きいと感じます。私が授業でいつも強調して話しているのは、『間違ってもいいんだよ』ということと、『相手の目を見て話そう』ということです。なぜならば、英会話の授業では正しい英語を使うことよりも、相手とのコミュニケーション力を養うことに意義があると考えているからです。英語の授業で身につけた力は、他の教科や活動にも生きてくるのではないでしょうか」と話す。
次を見るopen
中学生全員分の英検受験料を町が負担
松野孝雄指導員
小国町では3年前の平成21年度、町内に6つあった小学校を統合して町内1小1中体制に改め、小中9年間の一貫教育を柱とした教育改革を行った。その際の重点テーマのひとつが英語教育だった。小国町教育委員会事務局の松野孝雄指導員と学校教育係の木下勇児係長は話す。「小国町は山奥の田舎町です。この町で普通に生活する中では、外国の方と接する機会も少ないですし、社会のグローバル化を実感するチャンスもあまりありません。そこで、小学3年生から中学3年生まで、週1回『英会話科』と称した授業を設け、小中それぞれに1人ずつALTに常駐してもらうことにしました。小学校では月に2回、放課後、6年生の希望者を対象に、英会話教室を開いたりもしています。さらに、海外の人と接し、英語を使う機会を増やすことを目的として、3年前からこの『夏休み学習会』を開催しているのです」
小学生の頃から英語に触れている子どもたちは、中学生になって本格的に英語の勉強をスタートする際にも、英語への抵抗感が少ないように感じられるという。この学習会で出会う外国人講師はほぼ全員が初対面だが、生徒たちは最初こそ恥ずかしそうにしていたものの、小学生も中学生もすぐに慣れ、積極的に、かつ笑顔で活動していた姿が印象的だった。
また、小国町では、中学生に英検受験を推奨し、昨年度までは中1と中3生を対象に、年1回の受験料は町が全額負担した。「町の予算を英語教育に費やすことについては、住民の理解が得られているからこそできることです。『小国町といえば英語』、という意識の高まりも感じています」と松野指導員。補助制度を導入した当初は、中学3年生の約6割は4級を受験していたが、現在では半数以上が3級以上を受験しているという。生徒たちの「次の級に合格したい」という思いは、英語学習のモチベーションにもつながっているようだ。朝や放課後、休み時間などを利用して、希望する生徒には二次面接試験対策も行っているという。
グローバル化が進んでいない地域だからこその英語教育
木下勇児係長
桂めぐみ先生
「近年、小学校と中学校のギャップが問題視されていますが、小国町ではこの溝を埋めるために、普段から小中連携の教育体制を取っています。例えば、理科、家庭科、音楽、技術など、科目によっては中学校の先生が小学校に教えに行ったり、小学6年生は中学校生活に慣れるために、週に1日、中学校で学ぶ日を設けたりもしています。教員も合同で科目別研修会を行っていますし、小中合同の学校行事もありますので、形式的に連携しているのではなく、教員にも子どもたちにも小中連携の教育体制は定着していると思います」(木下勇児係長)
英語についても、小中連携体制が進んでいるという。中学校で英語を教えている桂めぐみ先生はこう話した。「英語教育において、学校だけでなく、町全体のバックアップがあるので、小国町の子どもたちは恵まれていると思います。英会話科の授業はALTとのTTで教えていますが、子どもたちの活動が中心になるように組み立てています。特に中学3年生には、高校受験とは違った方向性の授業を行い、英語嫌いの生徒を作らないようにしたいと思っています。今後の課題は、小学生の頃から英語に苦手意識を持っている生徒へのサポートです。小学校から中学校へと、仲間も変わらず、新しい科目が増えることもなく進級するので、その苦手意識を引きずってしまうという問題点があると思うのです。そういう生徒たちに、きめ細やかなフォローをしていきたいと考えています。そして、この「夏の学習会」では、英語を通して、いろんな国の人とつながることのおもしろさや喜び、そして一歩飛び出せば、世界が広がるんだということを子どもたちに体感してもらえたらうれしいですね」
目に見えるグローバル化が進んでいない地域だからこそ、次世代を生きる子どもたちが目の当たりにするであろうグローバル社会に備えた教育を行っている小国町。住民の理解と協力を得て、「英語教育の進んだ町」として小国町を盛り上げようとしている教育委員会や現場の先生方の、ひたむきな努力と向上心が印象的だった。そして、教育改革をスタートさせてから3年目を迎えた今年度、これまで中学1年生と3年生のみだった英検受験料の補助対象が2年生も含めた中学全学年に拡大された。
小国町の英語教育の試みは、今後も広がっていくだろう。そして、その活動は県内外からも関心を集め始めている。
STEP英語情報 2011年11・12月号 掲載