大阪から世界へ羽ばたく!
グローバル時代を見据えた
「使える英語プロジェクト」
グローバル時代を見据えて、大阪府教育委員会では、今年度から3年計画で「使える英語プロジェクト」事業を小・中学校および高等学校でそれぞれ開始した。児童・生徒の英語コミュニケーション能力の育成と国際社会に通用する人材の育成をはじめ、教員の指導力向上にも取り組んでいる。このプロジェクトを通じて、新学習指導要領でも求められている「コミュニケーション能力」をいかに習得していくのか。府教委を訪ね、事業の具体策を伺った。
自分の考えや意見を英語で伝えられる生徒を育成
~小中学校課 教務グループ
実践研究校での3年間の研究成果を府内のすべての学校へ普及させる
松元利男首席指導主事
国際共通語である「英語」の重要性が高まっている。だが、日本の子どもたちは基本的な語彙や文章構造は理解しながらも、日常生活において英語を使う場面が少ないのが実情だ。そこで、大阪府教委は今年度より、子どもたちが英語を「実際に使う」機会を与え、小・中・高等学校で一貫した英語教育に取り組む「使える英語プロジェクト事業」を実施することになった。
「グローバル化の進む世の中においては、子どもたちが自分のやりたいことを見つけ、力強く生き抜いていく力として『英語力』は不可欠です」と話すのは、松元利男首席指導主事だ。プロジェクトの目的について「何事も突き詰めていけば、活躍の舞台は日本から世界へと広がります。スポーツ選手しかり、料理の世界しかり。世界と渡り合うには、英語という世界の共通語であるコミュニケーションツールが必要となるのです。そのためにも、小学校のうちから、英語を使って人とつながることができる楽しさを肌で感じ、その気持ちを高校へ進学してからも意欲的に持ち続けられるよう、中学校でも引き続き、体験させていきたい」と述べた。
小中学校課教務グループではこのプロジェクトを通じて「義務教育終了段階で、英語を使って自分の考えや意見を英語で正確に伝えることができる生徒を育成する」ことを目指す。そこで、「指導方法の工夫や家庭学習教材の工夫」「英語教室の環境整備」「英語教育支援員の活用」という3つの柱を掲げ、実践研究校(50中学校区151校)において3年間にわたる実践研究を行う。小学校では「外国語活動で扱う英語の表現を活用させる指導法」に関する研究を、中学校では「教科書の内容の確実な習得と定着を図るための効果的な指導法や学習教材の工夫」「学んだ英語を活用したコミュニケーション能力を育成する指導内容や指導法」に関する研究を行う。そして、実践研究校の成果は「英語を使うなにわっ子」育成プログラムとしてまとめ、府内の小中学校へ普及させていく。
次を見るopen
音声CDや英語ルーム、大学での講義…英語を話したくなる様々な仕掛け
信田清志指導主事
河上弘子指導主事
このプロジェクトで注目されるのは「使える英語」に特化したことであり、そのために「使う」場面を数多く用意したことである。中でも、授業で学んだ表現を確実に定着させるため、実践教育校を対象に、教科書準拠の音声CDを生徒全員に配布するなど、家庭学習教材に工夫を施した。音声CDを使って家庭で音読学習をするという学び方は、授業を通じて指導し、どの生徒も同じように学べるようにする。
信田清志指導主事は「音声CDを使った家庭学習を行うために、授業そのものの工夫や改善が必要になります。そうして指導法の研究も同時に行うことになるのです。実践研究校での研究成果をいずれは指導法として確立し、府内全体に広げていきたいですね」と話す。
プロジェクトの実施にあたっては、子どもたちが「英語を話したくなる」環境づくりも大切だ。そこで、空き教室などを活用し、各校で英語教室を設ける。英語教室では、インタビュー活動や寸劇といったグループ活動、ALTなどと1対1の面談によるコミュニケーション、音声CDを活用した個別の音読練習などを行う。その部屋では英語しか話すことができないというような異空間を校内に作ることで、これまで教室を一歩出たら英語を話さなかった環境から、日常的に英語を話せる環境づくりをした。
河上弘子指導主事によれば、英語教室では教室内の掲示物も英語で表記されたり、使用する机も普通教室とは趣を変えて、丸テーブルを用意したりするなど、異空間を提供することで、子どもたちの英語を話そう、話したいとする意欲を高める工夫を施すそうだ。
さらに、大学と連携し、子どもたちが学校以外の場で英語に触れる機会も用意した。近畿大学や関西外国語大学、大阪樟蔭女子大学などの協力を得て、学園祭で外国人とのコミュニケーションを楽しむアクティビティを行ったり、中学生が夏休み中に大学で開かれる講座を学ぶ、サマーセミナーにおいても、英語に関する講座を開く大学に、たくさんの中学生が参加している。こうした取り組みはすでにプロジェクト実施以前から行ってきたもので、プロジェクトの実施により協力大学が増えてきたという。また、大学生が小中学校へボランティアで出向き、子どもたちの英語学習を支援する取り組みもある。小中学生にとっては、先生よりも年齢が自分たちと近く、親しみを感じることができ、近い将来像としてあこがれを抱くことで、学びへの意欲が高まるものだ。子どもたちとかかわり合うことで、大学生にとっても「教える」体験を通じて自身が成長する機会となっている。これは、府としての取り組みから始まり、現在では各市町村で独自の取り組みとして継続しているのだという。
英語教育支援員の配置や英語教員への研修も充実させる
安田信彦主任指導主事
このような子どもたちが意欲的に英語を話せる環境を整えたとしても、実際に使える英語力を身につけるためには、指導者の果たす役割が重要になる。そのためにまず、ネイティブスピーカーである外国人などを「英語教育支援員」として、小学校で2週間に1回、中学校で1週間に1回は必ず各校で授業に入ることとし、子どもたちが実際に英語を聞いたり話したりできるようにした。
「子どもたちが、外国人と話す機会を用意することで、授業で学んだ英語が実際に外国人に通じたという実感を味わってほしいですね。それが、英語をもっと話せるようになりたいという意欲を高めることにつながるものと思います」と安田信彦主任指導主事は話す。
また、英語教員向けの研修を府教委や各市町村教委主催で実施するほか、府教委や市町村教委の指導主事、学識経験者、各校代表者から構成される「WG(ワーキンググループ)会議」により、指導方法や教材、英語教室や英語教育支援員の活用等について、各校の実践内容について検討し合う。
英検のプレスメント・テストでプロジェクトの効果を検証
このようなプロジェクトを行うにあたっては、効果検証も必要となる。そこで府教委では、学習指導要領に準拠した内容の問題によって個々の生徒の英語力を客観的に測定する試験として、「英語能力判定テスト(プレスメント・テスト)」を当協会の協力のもとで開発した。
このテストは英検のように実施日程が限られないことや、級別の合否ではなく、英検との相関性もあるスコア表示であることが、効果検証の目的と合致していた。さらに、難易度別の4種類のテストの出題レベルに幅があることや面接試験を実施することが可能であることも、導入の決め手となった。ただし、英検3~5級とされる「テストD」であっても、英語を始めたばかりの中学1年生には難易度が高いこともあり、今回、独自の「テストE」「テストF」も開発した。テストは年1回の受験。受験日は各校に委ねるが、効果検証の目的もあることから、おおよそ毎年2月頃に受験を予定している。今後、実践研究校ではテスト結果をもとに、研究内容や指導計画の改善に役立てる。そして、効果の上がっている学校の指導法を府全体へと広げ、各校独自の取り組みを行っていく。
実践研究校は各市町村教委からの推薦によって選定したが、必ずしも、これまで英語教育の研究指定校になっていた学校とは限らない。各校の状況に応じた研究を進めているところだ。今年は小学5、6年と中学1年で研究を、来年は中学2、3年の研究を行う。そしてプロジェクトの最終年にはすべての学年での成果を検証することになる。
「今年の中学1年生は3年間を通じて、このプロジェクトによる英語教育を受けることになるのです。生徒たちが
中学を卒業する段階で、我々が目標とする『英語を使って自分の考えや意見を英語で正確に伝えることができる』ようになっているかを検証できるよう、府教委としては目標設定の重要性も各校に指導してきたいと思います」と松元首席指導主事。「プロジェクトを通じて“、なにわっ子気質”を生かした英語力を育み、コミュニケーション力日本一を目指したいものですね」と意気揚々に語った。
今後の時代を見据えた英語コミュニケーション力の向上を〜高等学校課教務グループ
国際社会に通用する人材を育てる具体的な施策
池嶋伸晃指導主事
高等学校課では「大阪の教育力向上プラン」に基づき、今年度は「リーダーの育成」「大阪教育の底上げ」「学校現場の支援強化」の3つの柱を掲げている。中でも、英語教育の面から注目されるのが「リーダーの育成」だ。
小中学校課と同様に「使える英語プロジェクト」に今年度から3年計画で取り組んでいる。このプロジェクトにおいては、府立高校24校をEnglish Frontier High Schools(研究校)に指定したほか、各校の英語活動の支援、外国人講師による授業の充実や特設レッスン等を行う。
プロジェクトの実施に際し、池嶋伸晃指導主事は「文部科学省の『国際共通語としての英語力向上のための5つの提言と具体的施策』と軌を一にして、大阪府では知事の後押しもあり、国際社会に通用する人材育成に本格的に取り組むことになりました。とはいえ、学校によって目標実現のために取り組む方向は違いますから、それぞれの高校に合った研究を行い、複数年で成果を検証するものとしたのです」と述べる。
5つの柱からなるプロジェクトで真の「使える英語」を身につける
井上隆司主任指導主事
このプロジェクトは(1)授業を変える(2)機会を与える(3)さらに伸ばす(4)教員を鍛える(5)タスク・フォース─という5つの柱で構成されている。
「授業を変える」では、24校の研究校をG1、G2、G3の3グループに分け「指導法の研究」「学習機器の活用等」「特設レッスン開設(G2、G3対象)」の3つのテーマにより、生徒の英語レベルに応じて研究を行う。
具体的な研究内容として、「指導法の研究」では、新学習指導要領の実施に備え、生徒主体の言語活動を取りれた授業への指導法改善に取り組む。各校では、生徒のレベルに応じた英語運用力をつけるための研究や教材の開発を行う。「学習機器の活用」では、タブレット型端末などの最新語学学習機器を活用した指導法を研究する。そのため、府教委では機器が整備されていない学校に機器を配備する。さらに、外国人講師と自由にコミュニケーションを図ることのできる「英語ルーム」も整備し、英語を話す環境づくりに努める。「特設レッスン」とは、生徒の英語力を伸ばす英語特設講座の開設であり、外国人講師によるレッスンを行うものだ。
また、「機会を与える」では、全府立高校を対象に夏休みや春休みに生徒の海外研修を行い、同行教員1名分の旅費を支援するほか、国際会議や英語コンテストなど英語力を伸ばす活動に対して補助金を出す。
「さらに伸ばす」は、全府立高校を対象とし、留学や海外進学を目ざす生徒を対象に、外国人講師による特訓クラス「Advanced Class」を開設するものだ。毎週土曜午後に1回2時間の講座を年間30回実施する。現在定員をはるかに超える111名が登録し、他校の生徒との交流を深めながら、切磋琢磨している。
「教員を鍛える」では、ディベート法やプレゼン能力育成といった教員研修を教育センターで行うほか、ブリティッシュカウンシルとの連携によって英語力別クラスの短期集中研修や、クイーンズランド大学での3週間の英語指導法研修に教員5名を派遣するなどしている。
そして、「タスク・フォース」としては週1回、指導主事と教員からなる8人のメンバーが、大学教授などの有識者からなるアドバイザリースタッフの助言を得ながら、研究校やAdvanced Classへの指導助言、英語教員のスキルアップ支援などを行っている。
これらのプロジェクトの成果を府全体で共有するために、来年1月には「Osaka English Forum」を開催し、研究校の実践内容を発表する。
井上隆司主任指導主事は「プロジェクトで進めた研究内容や指導法などの共有は大切なことだと思います。新学習指導要領の実施も迫るなかで、このプロジェクトが実施され、英語科教員の意識の高まりを感じています。国際社会で通用する人材を育成し、府立高校生たちの英語コミュニケーション能力をさらに高めることを目指すこのプロジェクトにおいては、英語を使うことによって、それまで成し得なかったことができる可能性を秘めています。高校生たちがいつか国際社会に出ていったときに、大阪の人間として自信を持って世界と渡り合うためにも、高校での学びがその基礎になるのです」と話した。
グローバル人材を育成するGLHS
「リーダーの育成」にはほかに、「進学指導特色校(Global Leader sHigh School=GLHS)」という事業もある。これは、グローバル社会をリードする人材を育成するため、府立高校10校に普通科と併せて文理学科(専門学科)を設置し、学力診断共通テストや10校合同発表会の開催等に取り組むものだ。実施対象校は、北野、豊中、茨木、大手前、四條畷、高津、天王寺、生野、三国丘、岸和田の10校である。
この事業は「府立高校のさらなる特色づくり推進事業」の一環として生まれた構想だ。大阪では以前から公立志向が強かったが、ここ最近は私立高校の無償化などの動きもあり、志向の変化が訪れていた。そうした中で、公立高校の魅力が問われるようになり、各校に個性や特色を持つことの重要性が考えられた。GLHSでは今年度より、進学指導に特色を置いた専門学科を設置し、各校の伝統や実績を生かした教育活動に取り組む。そのため、他の府立高校とは違うカリキュラムを編成し、生徒一人ひとりの将来像に近づくための指導を行っていく。
「せっかく公立高校で学ぶのだからこそ、幅広い視野を持って、志高く、社会に貢献できる人間に育っていってほしい」と井上主任指導主事は願う。
グローバル人材の育成を目指すGLHSでは、英語をコミュニケーションツールとして使用した国際交流や授業内での英語によるプレゼンテーションなどに取り組む。たとえば、大手前高校では、ディベート活動やプレゼンテーションなどを日常的に取り入れて、コミュニケーション能力を基盤とする学力向上を目指し、さらには、スーパーサイエンスハイスクールの実績を生かし、アジアの優秀な高校生との交流を図る「高校生国際科学会議」を定期的に開催する。
この事業の研究成果は、生徒個人の学力の伸びを共通テストによって測定し、検証する。また、年に1回、課題研究発表会も行い、府内の高校で情報を共有するものとする。
GLHSにはこれまで、進学校やスーパーサイエンスハイスクールとして人気を集めていた高校が指定されている。
各校に対する生徒や保護者からの「進学実績」に対する期待は高い。今後は大阪の府立高校をリードしていく高校として、大阪の将来を担うグローバル人材を育成するという使命も担うため、教員自身も研鑽を積んでいくことが求められている。
これらのプロジェクトを通じて、大阪で生まれ育ち、真の意味での「使える英語」を身につけた国際感覚あふれる子どもたちが、世界へと羽ばたいていく日もそう遠くはないだろう。
STEP英語情報 2011年11・12月号 掲載