静岡編
「言語教育特区」沼津市における言語教育推進事業

常葉学園短期大学 講師 新妻 明子
2014.04.30
平成21年末の統計によると、静岡県は外国人登録者数が全国第8位であり、増加する外国人居住者とのより良い共生を目指して多文化共生推進事業にも積極的に取り組んでいます。富士山静岡空港の開港に伴い、今後さらに国際交流の活発化が望まれる地域と言えるでしょう。その中でも、古くから東部地区の政治、経済、文化の中心的役割を担ってきた沼津市は、首都圏100キロ圏に位置し、「人が輝き、街が躍動する交流拠点都市」を目指しています。同市は平成18年度に言語教育特区となり、全国で初めて「言語科」を設置し、言語教育の推進に取り組んでいます。言語科では、「読解の時間」と「英語の時間」が小学校1年生から中学校3年生までの6年間を通して実施されており、本稿では、その取り組みについて紹介します。
1)「言語科」新設の経緯
昨今、子どもたちのコミュニケーション能力の低下が叫ばれています。平成15年のPISA調査によると、国際的に見ても、日本の子どもは言葉を介して相手の意図を汲(く)み取ったり、言葉を駆使して思考したり、考えや思いを積極的に表現したりする力が低下していることが指摘されています。沼津市でも、調査によって同様の実態が表面化するばかりか、全国と比較してコミュニケーション能力が低いという結果が判明しました。また、コミュニケーションが成立しないことが原因となって起こる校内暴力も小中学校で増加しており、多くの学校の教育課題となっていることも事実です。そこで、同市は、「明日の社会を担う『夢ある人』づくり」という学校教育のグランドデザインの目標の一つである、「『ことば』を大切にした生涯学習で、知・徳・体を自ら磨く」ことを具現化するために、「言語科」を設置し、小中一貫した言語教育を実施することで児童生徒の言語能力の向上を図ろうと踏み切ったのです。
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2)「言語科」とは
「言語科」は、「言葉を用いて積極的に人と関わろうとする態度の育成」を目標としており、読解力を育成する「読解の時間」と、コミュニケーションの意欲を育成する「英語の時間」との2領域から成り立っています。このうち、「英語の時間」の年間授業時間は、小学校1・2年生で20時間、小学校3年生で30時間、小学校4~6年生で35時間、中学校1~3年生で35時間となっています。「英語の時間」の目標として、(1)積極的にコミュニケーションを図ろうとする態度を育成する、(2)小中一貫カリキュラムのもと、中学校卒業時の英語力を確かなものにする、(3)異文化への理解を深め、それを通して日本についての理解を深める、という3つが掲げられています。市内には小学校が26校、中学校が17校ありますが、そのすべての学校において実施するにあたり、『言語科副読本』や『指導の手引き』なども完備されました。また、「英語の時間」にはすべてALTが配置され、ALTと接したり、外国の文化を題材にした教材に触れたりする機会を確保し、実践的コミュニケーションの育成に重点が置かれています。特に、「英語の時間」の実施に関しては、すべての言語活動における、伝えようとする力と理解しようとする力を育成していくものであるという点で、言語教育推進の大きな原動力になると位置づけられています。
3)5年間の成果
5年間の実践を終えてどのような成果が得られたのでしょうか。結論から述べると、「言語科」の目標である「言葉を用いて積極的に人と関わろうとする態度の育成」は実現しつつあること、そのような態度を育成するために「言語科」は有効であるという認識を得られたことが、アンケート調査などの結果から明らかになりました。小学校教員においては、実に91.8%、中学校教員においては83.5%が「言語科において人と積極的に関わろうとする児童生徒の姿が見られた」と回答しています。また、「英語の時間」に関しては、「英語で話す活動は楽しかった」「ALTの表情や身振りに注目しながら英語を聞いた」という回答が、小学生においては約90%、中学生においては約75%に上りました。さらに、単に英語を話したり聞いたりする活動を楽しんでいるだけでなく、「友達のことをもっと知ることができたことと、一緒に話している友達のことを考えることは楽しい」というような、英語によるコミュニケーションを通して友達一人ひとりの良さや豊かさの再発見に喜びを見出している様子も見られました。また、「外国の生活や習慣、日本の習慣などに興味を持って学びましたか」という質問に対しては、小学生で80%、中学生で65%が当てはまると回答していることからも、異文化に対する興味関心が深まっていることがわかります。小学校でも中学校でも、「外国人に対する抵抗感がなく、修学旅行等でも自然に話しかける様子が見られた」という感想が寄せられ、異文化理解の障壁を感じさせない態度が育成されている様子も伺えます。特に、中学校においては、「普段の英語の授業に対しても意識が高まってきたと感じる」という感想が多くの教員から挙げられており、「言語科」が英語の授業で学んだことを実践する場としても有効に活用され、積極的にコミュニケーションを図ろうとする生徒を育んでいるように思われます。
また、子どもたちだけでなく教師にとっての成果としては、「言語科」の実践が教師の授業観の変容や醸成につながり、授業改善を促進させ、教材開発力を向上させたということが挙げられます。現場の先生方からは、「英語が苦手で苦労しており、研修も多くて大変」といった声を聞く機会も多く、未知の分野に踏み込み、子どもたちにとって魅力的な教材を開発したりALTとティームティーチングを行ったりするのは、測り知れない苦労を伴う取り組みだと察します。しかし、このような取り組みを通して、「言語科」の実践が、子どもたちを理解することだけでなく教師の力量を形成することにも寄与したと言えます。
4)今後への期待
5年間の実践によって、「言語科」は沼津市の子どもたちが今後の社会をより豊かに自分らしく生きていくために有益であることが示唆されました。これから新たなステージに進む本年度は、小学校における外国語活動が必修化され、ますます英語教育への関心が高まってきています。それと同時に、小学校から中学校への橋渡しが課題となり、今後は小中学校の連携も必要性が増してくるでしょう。そのような点からも、外国語活動の必修化に先駆けて小中一貫で「英語の時間」を実践している沼津市の取り組みは、一つの大きな試金石の役割を果たし、今後はさらに英語活動の質を高めていく必要があります。また、沼津市には、静岡県東部地区における中高一貫教育の拠点校となる沼津市立沼津高等学校・中等部も設立されており、小中高の連携を見据えた英語活動の実践に関しても、静岡県の英語教育をリードしていく地域としての期待は大きいでしょう。今後の課題は、このような取り組みを実践してきた先生方の知識や経験を、私たち教員が広く共有させていただき、どの教育現場においてもより有意義な英語教育が実践できるよう、教員一人ひとりが授業改善に邁進(まいしん)し、小学校から大学まで、より良い連携の方策を導いていくことなのではないでしょうか。
STEP英語情報 2011年9・10月号 掲載