荒尾から世界へはばたく子どもを育てたい~
熊本県荒尾市「やんちゃれ」の活動
西は有明海に面し、北は福岡県との県境に位置する熊本県北西部の荒尾市。かつては炭鉱の町として栄え、現在はジャンボ梨(新高梨)の産地として、そして、ラムサール条約登録の日本最大級の干潟「荒尾干潟」があることでも知られる。この地で活動をはじめ、今年で20周年を迎える国際交流団体「ありあけ国際交流協会(AICS)」の青少年交流部会「Young Challenge(通称:やんちゃれ)」は、地域の子どもたちの視野を世界へ広げ、国際人の育成を目指している。活動の様子を取材すべく、現地へ向かった。
文通交流を復活させたい一心で
やんちゃれの起こりは今から5年前にさかのぼる。荒尾市立荒尾第五中学校に教頭として赴任した児玉伊左夫先生(現・県立玉名高等学校附属中学校教頭)は、翌年に迫った閉校に向けて、校内の資料整理をしていた。校長室の金庫から見つかった1枚の新聞記事。それは50年前に同中の生徒たちが、米国の中学生と文通交流をしていた記録だった。
同校の生徒たちが修学旅行で奈良・東大寺を訪れた際に、米国オレゴン州メドフォード市から来日していたマックローリン校の教員と偶然知り合い、交流は始まった。交流開始から1年が過ぎた1963年のこと、三井三池三川炭坑で炭塵が爆発し、犠牲者458人、一酸化炭素中毒患者839人という戦後最悪の事故が起きた。折しも米国では、ケネディ大統領の暗殺事件が起こっており、両国は深い悲しみに見舞われた。事故で家族を亡くした生徒もいるなか、お互いの悲しみを乗り越えてがんばろうと励まし合い、絆を深めていったという。
そうした過去の歴史を知った児玉先生は、交流相手校だったマックローリン校へ再び交流を持ちたいと文通交流を打診。快く受け入れられ、クリスマスカードやバレンタインカードなどを送り合う文通交流が始まった。だが、閉校は止めることができない。2008年春に閉校式が開かれた際には、マックローリン校の校長からメッセージが寄せられた。
メッセージには、メドフォード市が荒尾市同様に梨の名産地であることが記されていた。並々ならぬ縁を感じた児玉先生やAICS有志は、交流を途絶えさせてはならないと、同年夏、渡米する。メドフォード市長と面会し、市議会で荒尾市について紹介したほか、マックローリン校も訪れ、歓待された。そして、「文通交流を続けていける」という確かな手応えを感じて帰国し、閉校した荒尾五中の多目的ホールを会場に、「英語で手紙講座」を4回開催して、交流の灯をつなぎとめたのだった。こうして、翌2009年5月、AICSの青少年交流部会として、「やんちゃれ」が発足した。
次を見るopen
学校とはひと味違った国際理解活動を
やんちゃれの運営メンバー
(左から児玉先生、清水会長、竹下先生)
以後、やんちゃれは「世界を感じよう!」をテーマに毎月1回、荒尾市中央公民館で活動してきた。会員登録した小学生から高校生、高等専門学校生まで、毎年20名程度が参加し、児玉先生やAICS元会長・清水悦子さんら4名が中心となって運営している。市内のALTも参加し、会話や発音などの指導にあたっている。年度始めに会員募集のチラシを市内の学校で配布する以外は、口コミでその輪を広げてきた。任意団体ではあるものの、荒尾市や教育委員会のバックアップもあり、顧問として名を連ねる教育長も会員登録をするほど、活動への期待は大きい。
活動内容は、オレゴン州の子どもたちとの文通はもちろん、日本人学校で教鞭をとった経験を持つ児玉先生ら4名によるリレートーク、青年海外協力隊経験者の講演、英検協会による英検セミナーなどで、毎回趣向を凝らした内容が人気を呼んでいる。ALTによる英検ミニチャレンジの時間も設け、英語力をつける指標として、任意で英検受験にも取り組む。
児玉先生は「荒尾市は中国とのつながりは深いものの、国際交流のきっかけが少ない地域です。物事を多角的な視点でとらえ、世界に目を向け、人間としての幅を広げてほしいと願い、この地域から世界に羽ばたいていける人間を育てたいと願っています。学校とはひと味違った国際理解活動を深めていきます」と語る。
今年度は「発信力」を高めるため、年間を通じて英語劇に取り組み、年度末に開かれる「やんちゃれドラマフェスティバル」で公演する。劇のタイトルは「大きなまじゃく」。童話「大きなかぶ」をモチーフにした、荒尾市の特色をふんだんに取り入れたオリジナル脚本だ。まじゃくとは、干潟に生息する生物で、荒尾市では天ぷらや唐揚げなど食用として親しまれている。登場人物は荒尾市にゆかりのある人物から市長、ALT、動物など様々。子どもたちは劇を通じて、荒尾市についての知識も深め、英語で語れる力をつけている。
ALTのミシェル・ホリデイ先生(米国モンタナ州出身)は「私は高校生のときに熊本で2週間の短期留学をして、日本や日本語に興味を持ち、大学では日本語を専攻しました。いつか熊本に帰ってきたいという願いがかない、今、ALTとして活動しています。小学生から高校生までが、英語に興味を持ち続けられるように、お手伝いしたいと願っています。『やんちゃれ』は自由な気持ちで英語に触れ、世界のことを知る場。だからこそ、楽しんで参加してほしいですね」と話した。
英語への興味を広げる英検セミナー
「会話では、その場の状況や相手の発言に応じた応答を」と語る古畑課長
熱心に講演に耳を傾ける参加者たち
取材に訪れたこの日は、英検セミナーの開催日だった。英検協会による「やんちゃれ」の後援は、2年前に講師派遣の依頼を受けたことに始まる。児玉先生のドバイ日本人学校での同僚で、当時北海道室蘭市立陣屋小学校教頭だった、猪股俊哉先生の小学校英語活動や日本人学校での経験などをテーマに講演を依頼したのだ。昨年からは英検協会カスタマーサービス課の古畑儀行が英検セミナーを行っている。
この「英検を知って英検にチャレンジ」というセミナーには、小・中・高校生、学校の先生、また保護者の方も参加された。
古畑は、英検の成り立ち、英検を目標とすることの意義、合格したらどんなメリットがあるのか、万が一不合格になってしまっても努力して再チャレンジすることの必要性などについて話した。特に25年かけて英検1級に合格した校長先生(社会科)のエピソードや、英検に不合格になったが一念発起して一生懸命勉強し、英検に合格したアナウンサーの話などは、非常に印象的だったようだ。
また古畑はスコットランド民謡「My Bonnie」の曲を流し、「歌詞には、‘ocean’と‘sea’が出てきます。どちらも日本語では海の意味ですが、その違いは何でしょう?」と問いかけた。イメージがわかない子どもたちに対し、ALTのミシェル先生は言葉の意味をジェスチャーで表現し、「‘ocean’は‘Pacific Ocean’のように使い、‘sea’は‘Ariake Sea’と使います」と説明。すると、子どもたちも納得した様子だった。
さらに、英語を母国語とするアメリカやイギリス、カナダなど、同じ言葉でもスペルや発音が違うことを例示すると、子どもたちは驚きながらノートに書き記し、実際に発音する姿がみられた。最後には、英検の一次・二次のサンプル問題を使って、英検の問題について紹介した。
セミナーを終えて、浦浜優友くん(中2)は「発音の違いを知ることができて勉強になりました。英検は今年中に3級に合格することを目指しています。今日のセミナーを聞いて、さらにがんばろうと思いました」と話した。中学生の頃から参加している田丸瑞希さんは「英語は人との交流の輪が広がる大切なツール。 『やんちゃれ』では、幅広い年代の人と交流でき、刺激をたくさん受けています。英検準2級に挑戦中ですが、リーディングやライティングはできても、スピーキングが難しいですね。海外に住んで仕事をすることが夢なので、もっと語彙力を増やして、話す力をつけていきたいです」と夢を語ってくれた。
STEP英語情報 2012年11・12月号 掲載