東京大学が新入生先着300名のIELTS受験料を負担

2013年09月09日

東京大学が新入生先着300名のIELTS受験料を負担

グローバルコミュニケーション研究センター
高田康成センター長

 

東京大学は教養教育における英語教育のあり方を見直し、さまざまな改革に乗り出した。2008年に開発したアカデミック・ライティングのプログラム「ALESS」や「ALESA」をはじめ、英語による授業だけで学位を取得できるコース「PEAK」など、徹底的に英語力を鍛え上げ、幅広く深い知識を修得させ、世界で活躍できる人材を育成する方針だ。グローバルコミュニケーション研究センターの高田康成センター長に、現状と今後の展望を聞いた。

理系学生に不可欠な
アカデミック・ライティング力を鍛える

「グローバルコミュニケーション研究センター」には、2008年に開始した「ALESS(Active Learning of English for Science Student)」というプログラムがある。ALESSは、理系の学生が自ら研究テーマを見つけ、実験を行い、英語で論文を執筆し、プレゼンテーションをするアカデミック・ライティング力向上を目指した必修授業だ。受講期間は1学期間。理系の1年生全員を対象とする。

授業は「科学者としての英語コミュニケーション能力」の習得を目的とし、1クラス15人の少人数制で行われる。ネイティブ・スピーカーが英語で授業を進める。科学者に求められるのは、和文英訳のような英作文力でも、単なる日常会話レベルのコミュニケーション力でもない。分析的思考と論理的表現による論文作成のスキル、対等な倫理観を持った発言力だ。そこで、「ピアレビュー」活動を取り入れ、学生が2人1組でお互いの論文の論理構成や文法の誤りを指摘し合いながら精度を高めていくことも重視している。

学びを支える体制も整えた。実験に必要な器具の提供や、大学院生のアシスタント(TA)からアドバイスを受けられる「ALESS Lab」は、予約なしで利用できる。「KWS(Komaba Writers’ Studio)」では、論文作成の個別指導を仰ぐことができ、常駐の大学院生が学生の質問や相談を受け付けている。

グローバル時代に求められるスキルとは
能動的な発信力

高田康成センター長は、ALESSを導入した経緯を次のように説明する。

「日本では、明治時代の近代化を端緒とする、読むことが中心の英語教育が連綿と続いてきましたが、グローバル化時代を迎え、能動的な発信力が求められるようになり、英語教育の在り方を見直す必要が生じたのです」

列強に追いつくために、英独仏露の言語を中心に習得してきた明治期の日本では、新しい知識をいち早く吸収するために、「読む力」が最優先とされた。それゆえに日本の英語教育は「読む」ことに重点が置かれ、その教育は1980年代後半から90年代前半まで続いた。そして、天安門事件、ベルリンの壁崩壊など、世界を大きく揺るがす出来事を経て、国境を超えたヒト・モノ・カネの流通が盛んとなる「グローバル化時代」が本格化した。

「今は近代化の時代とは違い、日本だけが独り勝ちすればよいとは言えません。いかに世界の国々と共存し、誰もが豊かになれるかを考えるべきなのです。特に近年は、さまざまな意味で中国語の重要性が高まっています。本学では、入試の英語試験で優秀な成績を収めた学生に、英語以外の外国語を習得する集中プログラム『TLP(Trilingual Project)』を実施しています。1年次に中国語の基礎力を習得し、2年次に中国へ短期留学するものです」

東京大学では1990年代半ばからグローバル化を念頭に置き、短期交換留学プログラムをスタートした。世界14カ国から留学生を受け入れ、東大からも学生を派遣した。だが、学大生のほとんどは英語を読めても話せない。そのため留学生と交流を深められず、共に学び合うことができないという課題が浮き彫りになった。そこで、英語教育の抜本的改革を進め、少人数で徹底的に発信的な英語力を鍛え上げる方向を目指すこととした。

2002年には文部科学省の委嘱を受けて「英語教育に関する研究」を始め、05年には、1,2年生向けの教養教育である「CWP(Critical Writing Program)」を設置。ライティングによる発信力を重視したパイロット授業を繰り返すなかで、理系学生の「アカデミック・ライティング」への要望が高まり、08年4月、ALESSをスタートした。今年度からは、文系学生向けの「ALESA(Active Learning of English for Students of the Arts)」も開設。少人数制の授業を徹底し、ディベートやディスカッションなども組み込んだ。

「今後はスピーキングの授業を見直し、さらに、リーディングやリスニングのスキルと有機的に結びつける方法を検討していきます」

教養課程における英語教育が機能しているかを検証するため、今年度よりIELTSも導入した。新入生の先着300名に対して受験料を大学が負担し、公開会場で受験できる体制を整えた。来年度は同じ300名が再度受験し、英語力の伸長度を検証する。

「IELTSは単に知識だけでは解けない記述式のテストです。自分の意見を表現する力が求められることと、対話式のスピーキングテストを実施していることがポイントとなり、英語教育の成果を測る指標になると思います」

「世界の東京大学になること」を主眼において

東京大学には、英語だけで学位を取得するPEAK(Programs in English at Komaba)」もある。定員は30名で、1,2年次は「国際教養コース」で学び、3,4年次は「国際環境学コース」と「国際日本研究コース」のいずれかで専門分野を学ぶ。東大生の英語力をグローバル標準のレベルまで高めるには、すべての学部でPEAKのような、英語による専門科目の授業を数多く開設しなければならない。だが残念ながら、英語で行う授業を担当できる教員はわずかしか存在しない。このような反面教師的な意味でも、PEAKの試みは重要な意味を持つ。

2010年に発表した「国際化推進長期構想(提言)」において、東京大学は「世界の公共性に奉仕する 世界の東京大学となること」をミッションに掲げた。

「今後、学生たちは国際的な場でどのように立ち回ればよいのか。英語力もさることながら、自信を持って話す態度なども身につけてほしい。『個』をしっかりと持ち、東アジアの一員であることを歴史的に認識して、言語を超えたところにあるコミュニケーション能力のグローバル標準にも目を向けてほしいですね」と、高田センター長はメッセージを送った。