国がつくるCan-doリストの位置づけ

Can-doリストの形での学習到達目標設定のためのマニュアルができた。しかし、Can-doとは何か、どう作るのか、そして、どう活用するのか、という様々な議論が渦巻いている。その中の一つに、今後、国としてのCan-doリストを作る作業が始まるだろうが、国として統一したCan-doリストができれば、それを使えば良いので、自分たちは何もする必要はない、と思われている点がある。

昨年12月に全国高校英語ディベート大会が開かれ、優勝した学校が今年に入ってから世界大会に出場した。結果は、予選敗退。日本が参加してから一度も予選を突破できたことはない。グローバル基準、という世界中に一つの共通の尺度を適用するという傾向が広がっているが、 TOEFLなどの結果を見ても分かる通り、日本人にとっては苦い結果となっている。

ところで、グローバル基準というのは一つの尺度のみで世界中の国や人に平等に適用されるためのものなのだろうか。確かに、ディベートなど、一つの「ルール」に基づいて行われる「競技」の場合は、そのルールによって評価がされるのは当然だろう。しかし、言語を使うときは、必ずしも一つの決まった「ルール」があるわけではない。「コミュニカティブ・アプローチ」という共通の考え方はあっても、その具体的な形は、一人ひとりが言語を必要とする場面で変わるのである。

国がつくるCan-doリストは、いわば、上記の「コミュニカティブ・アプローチ」のようなもので、具体的にどういう形になるかは、それぞれの地域や学校、また生徒のニーズやレベルによって変わるのである。国がつくるCan-doリストを「競技のルール」のように使ってしまうと、 全国の学校をランクづける結果になりかねない。そうならないように各学校ごとにそれぞれに最も適した形のCan-doリストをつくる必要があるのである。

(March 2013)

吉田先生のPROFILE

吉田研作
上智大学言語教育研究センター教授・センター長

専門は、応用言語学。最近は、文部科学省の「外国語の能力の向上に関する検討会」座長も務める。また、日韓中国の高校生の英語力比較や教師の教え方を研究。海外のThe International Research Foundation for English Language Education(TIRF)の理事や、国内ではNPO小学校英語指導者認定協会の理事なども務める。著書多数。

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