犬が「カメ」?

少し大きめの国語辞典で「カメ」を引くと「西洋犬のこと」と記され、その語源について「明治初期、西洋人が飼い犬を呼ぶのに『Come here!』と言うのを『カメヤ』と聞き、『カメ』を犬の意、『ヤ』を呼びかけの意の『や』ととったことによる」との情報を与えたものもあります(『大辞泉』)。これは幕末・明治初期に横浜などの開港地を訪れ、そこで西洋人の暮らしぶりを見た人が、愛犬を呼ぶときの表現からその犬の名が「カメ」であると勘違いしたことから生じたものです。日本では、犬を呼ぶときに「ポチや、ポチや」と言うためにその類推から「カメ」を犬の名と分析したわけです。

 

ただ、ここで発音上の注記を加えれば、“Come here.” の “here” は強くは読まれませんので、 “have” や “her” と同様に頭のhが落ちてしまい、また、残る /iə/ も日本人の耳には「イァ」とも「エァ」とも聞こえますので、“Come here.” が「カメァ」と聞かれる可能性は十分にあります。

こうして、犬を呼ぶときの日本の習慣と発音上の問題とが重なり、しかも日本語で「亀」と呼ぶ動物が身近に存在することから、このような誤解が生じたというわけです。

ただし、このように分析すると、上掲国語辞典中の「『カメ』を犬の意」という部分は「『カメ』を犬の名」と改めないと論理的整合性に欠けることになります。

 

日本人が英語やその他の西洋語、さらに西洋文化と直接に接し始めた幕末・明治初期にはこのような誤解がさまざまな形で生じました。開港地の中でも特ににぎやかであった横浜には、日本語と英語とが妙な形で混じり合ったYokohama dialectと呼ばれる一種のピジン英語が行われていました。

(June 2014)

竹中先生のPROFILE

竹中龍範
香川大学教育学部教授

専門は、英語教育学。特に英語教育史、英学史、英語辞書史、並びに言語文化論を研究。日本英語教育史学会会長、日本英学史学会中国・四国支部長や、文部科学省の教育研究開発企画評価会議協力者などを務める。小学校英語教育についても、研究開発学校指定校直島小学校の運営指導委員などを務める。著書・論文多数。

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