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コラム

英語の4技能を伸ばすヒント ~「非言語化」を目指す通訳トレーニングの現場から ~

第4回 通訳者の基礎訓練:語彙(ごい)・文法力をつける

時々、通訳の現場において「本当にたくさんの単語をご存じですね」と言われることがあります。ほめていただいているのだろうなとうれしい気持ちもありますが、実は、数日で詰め込んだものがほとんど、というのが実態です。どういうことなのかと言いますと…。

資料から知識を得る

通訳の案件をお引き受けする際には、案件についての説明はもちろんのこと、当日の投影・配布物など関連資料も一緒に受領することが一般的です。そのような資料がないときでも、「こちらを事前にご覧になっておいてください」のひと言と共に参考ウェブサイトなどが提示されます。どちらの場合も、ここから勉強が始まります。

具体的な例で見ていきましょう。「世界の人口増加が水資源に与える影響」について話し合う会議の通訳を引き受けたとします。まず、トピックについての背景知識を大まかに頭に入れるため、基本的な情報を日本語と英語の両方で調べます。次に、手元の資料に載っている用語を日本語から英語へ、またはその反対に変換できるかを確認します。日本語の情報は環境省、英語はUNICEF(国連児童基金)やUN-Water(国連水関連機関調整委員会)などのウェブサイトを使って入手します。

例えば、以下のような表現をチェックします。

世界人口増加が与える影響 → impact
水不足 → water scarcity または water shortage


通訳の準備には、このような単語・語句レベルの確認が欠かせません。さらに、水の話をする際の単位がkm³ になっているのを見て、「立方キロメートルだから cubic kilometer という表現がすぐ出るようにしないといけないな」「1立方キロメートルの水はリットル換算すると1兆リットルなのか」などと確認し、その流れで、「そういえば水1トンは1000リットルだったな」というふうに単位換算についても整理しておきます。これは誤訳を避けるために必須の作業です。

文の構造に関しても、事前資料から多くのヒントを得ることができます。例えば、「人口が増えるとXが増える」という表現を [the + 比較級, the + 比較級] よりもすっきり言えないかと考えていたところ、“higher population generate more waste”という英文を見つけ、generate を使用すればいいことがわかったり、“the world must surge investment, innovation, ...”という文を見て、surge は stock prices surged(株価が上昇した)や price surge(価格高騰)のように自動詞や名詞では使い慣れていたけれど、「~を大幅に増やす」という意味の他動詞としても使えることがわかったりするなど、学べることがたくさんあります。

準備は通訳本番直前まで

資料に基づいて単語や表現を確認した後は、日本語の資料を見ながら、英語でのプレゼンテーションができるかを試してみます。また、その逆で英語の資料を見ながらの日本語でのプレゼンテーションもやってみます。言い慣れていない英単語は、発音の確認もしておきます。

資料を見てプレゼンテーションをしながら、言葉がつかえずに出たところは問題ありませんが、つかえたところに関しては、用語集を作ります。これは通訳当日に印刷して持っていきますが、「この単語、リストに載せてたな」と途中で慌てて探すようでは仕事にならないので、本番ではお守りとして持っておくだけになります。実際は、試験を受ける学生のように本番前のギリギリまで用語をぶつぶつ唱えて覚える努力をしているのです。

場合によっては完全に異なる分野の通訳案件が続くこともあり、そうなると日々の勉強は大変です。例えば、月曜日は化粧品メーカーの工場視察、火曜日には伝統工芸の実演、水曜日には海外投資家とのIRミーティング、ということも珍しくありません。それでも、それまで知らなかった分野についての知識が増えていくことは楽しいものです。

通訳学校で苦労したこと

通訳学校に通っていたころ、英語のリスニング・コンプリヘンションで困ったり、日本語で理解したことをその場で英語にすることに戸惑ったりしたことは(ほぼ)ありませんでした。それでも、通訳学校の授業で苦労したことはあります。それは、ビジネス関連のトピックが出てきたときと、数字を変換する場面でした。

私は、大学から大学院とその後の研究を通して、言語学、社会学、教育学といった分野やその学際領域の英語にどっぷりと浸っていたため、ネイティブスピーカーの学者とは何の支障もなく話すことができました。しかし、私の頭の中には、通訳者になったときに必須となるビジネスやマネジメントに関しての知識と関連用語が、英語だけでなく日本語においてもほとんど存在していなかったのです。恥ずかしながら、「第1四半期」という用語も意味は知っていたものの、自分の口から発したのは通訳学校に入ってからでした。また、ビジネスに付きものの数字も、桁の区切り方の違いに戸惑うばかりでした。

苦手の克服には、勉強あるのみです。こればかりは近道がありません。私の場合は今のように簡単にネットを使って情報にアクセスできる時代ではなかったので、大学生向けの経済・経営の入門書でバランスシートの読み方を学びました。また、日経新聞の英語版The Nikkei Weekly※1を購読し、日々の通勤電車で読みながら知識と語彙(ごい)を同時に身につけるよう努めました。タブロイド判※2の新聞で、1週間で読み切れる程度の分量です。桁の大きい数字が出てくる記事も多かったので、目に入ってくる数字を片っ端から英語や日本語に変換する練習もしました。今振り返ると、仕事もしながらよくやったなと思いますが、新しいことに挑戦しているワクワク感を楽しんでいたのだなとも思います。

※ 1 The Nikkei Weekly:2013年より休刊
※ 2 タブロイド判:通常の新聞(ブランケット判)の約半分のサイズ

 

森住史 (もりずみ ふみ)氏

成蹊大学文学部英語英米文学科教授(社会言語学・通訳学)、サイマル・アカデミー通訳者養成コース講師
国際基督教大学教養学部語学科卒、国際基督教大学大学院教育学研究科博士課程前期・後期修了・博士号取得(英語教授法)。ロンドン大学とエディンバラ大学にそれぞれ1年間留学。

NHKラジオ講座「入門ビジネス英語」(2011年度後期)の講師として、英文Eメールの書き方についてのテキストの執筆にも携わる。2012年から継続執筆中のAsahi Weeklyのコラム『森住 史の英語のアレコレQ&A』では、受験英文法の確認から気を付けたいエチケットまで幅広く解説。英語を使う際の「コンテクスト」を常に重視。

通信講座『12の鉄則で学ぶ スタート英文Eメール』『英語発想で書ける! 英文Eメール中級講座』の監修・執筆者。

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